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真のキリスト教


第四章 聖書・主のみことば



一・聖書すなわち〈みことば〉は、神の真理そのものである 189~192 

二・いままで、〈みことば〉の霊的意味については、知られていなかった 193~209   

 [Ⅰ] 霊的意味とは 194  

     主から、天的神性・霊的神性・自然的神性が発している 195 

 [Ⅱ] 〈みことば〉の個々全体にわたって、霊的意味がある。 196~198
     
     主はこの世にあって、相応をとおして語られた。つまり自然的と同時に、霊的に語られた 199  

 [Ⅲ] 〈みことば〉が神の霊感によるもので、その単語のひとつひとつが、神聖なのは、霊的意味があるためである 200  

 [Ⅳ] 霊的意味については、従来知られていなかったが、古代人には知られており、相応があることも、分かっていた 201~207

 [Ⅴ] それ以後は、〈みことば〉の霊的意味が分かるのは、主からくる純粋の真理のうちにある人だけである 208     

 [Ⅵ] 〈みことば〉を、霊的意味から理解するすばらしさ 209   


三・〈みことば〉の文字上の意味は、〈みことば〉の霊的・天的意味の基盤・器・支えである 210~213 

四・〈みことば〉の文字上の意味のうちに、神の真理が充満し、神聖さと力とを、そのまま保っている 214~216  

 [Ⅰ] 〈みことば〉の文字上の意味による真理は、黙示録にある新しいエルサレムの土台を造っているが、これも相応による 217 

 [Ⅱ] 文字上の意味での善と真理は、アーロンのエポデにあるウリムとトンミムに相応する 218 

 [Ⅲ] エゼキエルは、そこにツロの王がいたと言っているが、そのエデンの園にある宝石は、最外部にある真理と善のことで、これは〈みことば〉の文字上の意味のことでもある 219    

 [Ⅳ] 幕屋のたれ幕・天幕・柱にも、おなじような相応がある 220

 [Ⅴ] おなじく、エルサレムの神殿の外部にも相応がある 221

 [Ⅵ] 〈みことば〉の栄光は、主のご変容であらわされている 222

 [Ⅶ] ナジル人は、〈みことば〉の最外部の力を示す 223

 [Ⅷ] 〈みことば〉には、口で言い表わせない力がある 224

五・教会の教義は、〈みことば〉の文字上の意味から汲みとられ、その意味で、確認されなくてはならない 225、229、230

 [Ⅰ] 教義がなかったら、〈みことば〉は理解できない 226~228  
 
 [Ⅱ] 教義上の〈みことば〉は、文字上の意味で汲みとられ、その意味で、確かめられなくてはならない 229~230 
 
 [Ⅲ] 教義上の純粋な〈みことば〉は、主によって照らされた人でなければ、〈みことば〉の文字上の意味だけでは、はっきりしない 231~233  

六・〈みことば〉の文字の意味をとおして、主とむすばれ、天使たちの仲間いりをする 234~239 

七・全天界にわたって〈みことば〉が存在し、天使の英知は、そこから生まれる 240~242 

八・教会は〈みことば〉から生まれ、人が〈みことば〉を理解する程度に応じて、そこに教会が成立する 243~247

九・〈みことば〉のひとつひとつには、主と教会との結婚、ひいては、善と真理との結婚がある 248~253 

十・異端は、〈みことば〉の文字上の意味からでてくる。それで心を固めてしまうと、罪になる 254~260  
  
  〈みことば〉のなかには、真理の外観をともなったものが多く、そのなかに、純粋な真理がかくされている 257 
  
  真理の外観で心を固めてしまうと、そこから偽りが生じる 258
  
  〈みことば〉の文字上の意味は、うちに隠されている純粋の真理のまもりになる 260
  
  〈みことば〉の文字上の意味はケルブで表わされ、〈みことば〉のなかのケルブは、その意味で使われている 260

十一・主はこの世にあって、〈みことば〉のすべてを完成され、それによって〈みことば〉となられた。つまり、究極の最外部にいたる まで、神の真理になられた 261~263

十二・現在この世にある〈みことば〉以前にも、〈みことば〉があったが、消失してしまった 264~266

十三・〈みことば〉によって、教会外の人たちにも光が存在しているが、かれらは〈みことば〉をもっていない 267~272

十四・〈みことば〉がなかったら、だれひとり、神・天界と地獄・死後の生命はおろか、主さえ知ることはない 273~276