カナ表記「スヴェーデンボルイ」について

 


1985年、『天界と地獄』の原典和訳を手がけたころ、人名地名の現地読みが推奨されていました。1981年初頭、米国のレーガン大統領に就任にあたり、日本では、Reaganを「リーガン」と読んだ人もいたようです。

Swedenborgについては、鈴木大拙訳以来「スエデンボルグ」が最もなじみある表記でしたが、人名辞典その他では「スエデンボリ」「スウェーデンボーリ」などのカタカナ表記も見られました。

 
人の耳は不完全で、同じ音でも人によって別様に響きます。現地音に近づけるのが好ましいとは言え、日本語のカナは、西欧の音声を表わすためには不十分な表記法です。
ただ手元にあったスウェーデン語文法書には、子音の発音について、次のような記述がありました要約すると、

「"g"は、"r"の後にくると"j"音になる。この際、"-rg"は、"-r:j"であって、"ri"ではないことに注意すべきである。例:「悲しみ」は sorg(sor:jソルイ)、「広場」は、torg(tor:jトルイ)」(尾崎義『スウェーデン語四週間』、大学書林、1974年、p.18)。

 
スウェーデン語には無縁な筆者にとって、上記のカタカナ「ソルイ」「トルイ」が、一つの決め手になりました。それを Swedenborgにあてはめれば、-borgは「bor:j ボルイ」になり、スヴェーデンボルイになります。


 -borgの発音では、-rg(r:j)が長音化しているため、日本語にすると、三音節になり、二音節の「ボリ」は除外されます。また "r"が長音化しているので「ボーリ」も除外されます。さらに、-rg(r:j)は、硬口蓋に接する無声摩擦音で、日本語の「リ」よりも「ル」のほうが、発声点が硬口蓋に近いことから、「ボリー/ボリイ」より「ボルイ」のほうが、現地読みにやや近いと判断しました。


 筆者はチェコの友人に、チェコ人作曲家 "Dvorak"のことを「ドヴォルザーク」と言ったとき、理解されませんでした。正確な発音を尋ねると「デフォラーク」のような発音だったのを覚えています。同じように、スヴェーデン系米国人に、"Swedenborg"の発音を尋ねたとき、最後の音節が無声的な摩擦音に化して聞き取りにくく、カナ表記は不可能ながらも、「ボリイ」より「ボルイ」のほうが近いと思いました。これだけは外国人に、カナ表記の是非や正誤を尋ねるわけにもいきません。


 しかしさらなる決め手は、世界地図です。地名をカナ表記にする場合、現地読みが優先され、各国語の専門家がそれに協力します。スヴェーデン国には、-borgで終わる都市が多く、Gavileborg, Sarpsborg, Vanesborg, Skaraborg, Alnsborgなどが挙げられますが、いずれも
「イェブレボルイ」「サルプスボルイ」「ベーネスボルイ」「スカーラボルイ」「エルブスボルイ」と表記されています(グローバルアクセス世界・日本地図帳、昭文社、2000年、p.33)。

 いかなるカナ表記も正確とは言えません。アルカナ出版では『天界と地獄』の初版を「スヴェーデンボルイ著」としたのがきっかけで、その後の原典訳は、やむなく全部「スヴェーデンボルイ」にしました。しかし原典訳以外では、「スエデンボルグ」や「スウェーデンボルグ」なども用いています。

 これこそカナ表記の宿命ですが、音声や文字を越えて、その実体に近づく契機となれば、さいわいです。

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