言語構造からみた日本人論

                                   目 次

   はじめに                      

   Ⅰ 合理主義と日本人の性格形成    

      1 合理主義の出発点                     

      2 歴史的反省                        

      3 情緒主義的日本人論                    

   Ⅱ 日本語の情緒性                

     1 語彙にみられる情緒性                   

         ① しめやかな激情

         ② 体感表現

         ③ 言語による人格形成

     2 言語構造にみられる情緒性     

         ① 「はい」と「いいえ」の返事のし方          

         ② 指示代名詞の「それ」                

         ③ 係助詞の「は」                   

         ④ 敬語・尊敬語/謙譲語                

         ⑤ 主語省略                      

         ⑥ 述語の位置                    

         ⑦ 受身形・使役形・使役の受身形           

   あとがき          

   参考図書
                  


はじめに

 夏目漱石が『草枕』の冒頭に、「知に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を張れば窮屈だ」と記したように、人の心には「知・情・意」の三つの機能があることはだれしも認めている。そしてこの三つがバランスよく調和し、相互の序列を維持しているなら、人は円満な人格者と言われる。

 知識があっても、情が薄く実行力のない者は、上に立つことができない。情にもろいタイプは一般に好かれるが、人目を気にして決断できず、意志薄弱であることが多い。また意志強固で実行力があっても、頭が鈍いと判断を誤り、他人に迷惑をかける。すなわち知が勝っても、情が勝っても、意志が勝っても、アンバランスには変わりない。その三つはどのように調和共存すべきか。

 人体に例えてみる。肺臓が知を表す。酸素の吸入によって頭脳を活性化させる。心臓は意志を表す。愛のエネルギー源はここにある。五感が情を表す。喜怒哀楽は感覚的興奮であるから。人体の調和発達には、分立と協力が必要である。肺臓、心臓、五感がバラバラでも、いっしょくたでもいけない。

 肺臓、心臓、五感のように、知性と意志と感情は、分立しつつも従属関係にある。知性は、客観的かつ冷静に物事を見、判断する。それによって明晰判明で透明な心を維持する。意志は、誤謬や邪悪を避け、真・善・美を追求する。誤謬に執着すると「意地」になるが、目的が正しければ、真っ直ぐな人格をつくる。感情は、気分、気持ち、ムード、フィーリング、情緒ともいうが、人全体を覆っている雲のようなもの、美しい秋の白雲であったり、台風に操られる雨雲であったりする。理性を曇らせ、意志を爆発・猛進させることもある。

 理想は、理性は真実で透明、意志は愛深く強固、感情はうるわしいことだ。人は理性の光に照らされた方向を、一途な意志でひたすら進み、感情は時折だだをこねても、理性と意志に訓練されると、人のまわりに麗しい雲(雰囲気)をつくる。「知に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を張れば窮屈だ」は浮き世の常、俗人凡人の嘆きであるが、「透明な知の働く方向に、強固な意志で歩み、麗しい情に助けられる」のも不可能ではないはず。それが本来の理想ではないだろうか。

 筆者はここで、ここ20年間心に温めてきた日本人論を展開してみようと思う。日本語の言語構造にある情緒的パターンを合理化し、二十一世紀のための「日本語と日本人の改造」を提案したい。やや大袈裟であるが、人生は短く学ぶことは多い。読者のご批判を仰ぎたいと思って記すことにした。


 合理主義と日本人の性格形成

1 合理主義の出発点

 合理主義とは何かを考えるにあたり、情状酌量することなく冷酷な判断を下すように受け取られがちである。庶民感覚で眺めると、あまり良い印象を与えない。合理主義には、人の気持ちを無視した冷たさがある。ただし人には、頭脳を使って考える理性が備わっているからこそ、動物を越えることができる。それに伴って記憶・推理・比較・判断がある。感情に流されたくなければ、理性を使って考える以外にはない。感情は感じとり、理性は考える。この両者が均衡をもっていれば理想的である。

 ここで、「感じる」と「考える」を比較してみる。どちらかが他方に従属する関係にある。感情主導型の人は「理屈はともかく」、気持ちに流されやすく、理性主導型を 「人の気持ちも解せない」と非難する。理性主導型の人は、その反対に感情主導型を、付和雷同、移り気、日和見と見る。つまり一方が上位になると、他方は従属的になり、他方が上位になると、一方は従属的になる。

 本来どちらかが上位にあるべきだとすれば、感情は理性に従属すべきであるが、理性に知恵が備わっていない場合、「人の気持ちを解せぬ」自己矛盾をおかすため、感情は謀反を起こす。感情は本来盲目的であるが、理性が歪んでいると、牽強附会から、誤謬を正当化する危険に陥る。ただ一般的には、理性は明晰な判断によって、感情を上から見通すことができる。しかもすべての学問は、理性を主導にして初めて成り立つものであって、感情を主導にして成り立つものではない。

 合理主義rationalismには、二つの意味がある。一つは、それ自身としての合理主義rationalismperseであり、もう一つは、近代合理主義、あるいは実証主義的合理主義positivisitcrationalismである。前者は、理性的動物としての人間は、理にかなった考え方をすべきだとする合理主義であり、本来的合理主義、原初的合理主義、素朴な合理主義とも言う。われわれの日常「合理的」と言うと、だいたいこの意味で使う。また理性に矛盾しなければ、ある考え方を仮説にたてた真理探求もできることから、広義の合理主義である。

 例えば宇宙人の存在などは、科学で証明されなくても、理性的に考えて矛盾しなければ、その意味で合理的である。世界的宇宙物理学者のカール・セーガンもその可能性を認めている。神や来世の存在なども、その意味で合理的設問である。西欧の合理主義はギリシャに始まり、ソクラテス・プラトン・アリストテレスの系譜にしたがって、形而上的なものすべてを含む。つまり理性が理性であるかぎり、探求対象になるものすべてを認め含めた合理主義である。

 それに対し、後者の合理主義は、感覚経験を前提とする科学的な実証がなければ、真理として認めないわけで、近代合理主義はおおむねこれに属する。これは狭義の合理主義、または科学的合理主義とも言う。西欧ではルネッサンスを契機に自然科学が発達したが、それにともない聖書の文字上の解釈による真理探求から、経験と実験を必然的手段とした真理探求に鞍替えした。これはガリレオ問題ではっきり浮上した。ついでながら合理主義には、デカルトやカントに見られる合理主義もあるが、これは問題を複雑にするため、ここでは触れない。われわれがここで「合理的」というと、あくまで前者の意味で使う。つまり「理屈に合った」「筋がとおる」「理性的である」という意味である。 

2 歴史的反省

 日本人は、欧米人や他国民に比べ情緒的だと言われる。英語でemotionalismという言い方があるが、それ自身何か哲学的主張があるわけではない。情緒主義は合理主義、経験主義、観念論のいずれにも属しない。むしろ合理に固執しないで、情緒をそのまま「いいもの」と考え、多少の不合理があっても情緒的本能を満足させることができればよしとする、消極的・妥協的主張を伴う概念である。

 同時に、西欧の合理主義にたいし日本的なものを守ろうとする心情も、情緒主義に含まれる。たとえばかつて謳歌された大和魂、至情、日本精神、天皇崇拝、それに加えて、義理、人情、本音、恩義、甘え、純情、仁侠などは、理屈では割り切れない伝統的精神の一つで、理屈では割り切れないという点、情緒主義と言える。ただ情緒主義と言っても、すべて時折りの感情まかせではなく、一定のパターンを持った情緒を軸にし、その加減増幅で反応をきめていく独特の集団本能である。

 歴史を顧ると、日本人は論理的思考をあまり必要としないで済ませた過去がある。文字のなかった縄文期、弥生期はともかく、大和時代に入って文字が書けるようになっても、『万葉集』などでは、おおらかで優しい思いが歌となり、自然と一体になった生活と叙情的な人間関係が描かれる。

 漢字文化の移植と儒教・仏教の伝来によって、日本国民に大陸の進んだ考え、論理的思考、秩序だった官吏制度を輸入し、ここで初めて論理に触れる。鎌倉・戦国の武家台頭時代には、儒教の精神が社会倫理の根幹として出来あがる。しかしこの際見直さなくてはならないのは、漢字・漢文化・儒教・仏教によって、日本人のメンタリティーに、一大変革がもたらされたことである。カミ代弁者としての天皇を中心にした大和朝廷時代、ナイーブな宗教儀式と文字のない国民の眼前に、文字を伴い、新しい文化と宗教を携えた大陸のエリートたちが現れたのである。

 日本語は全面的に改変された。漢字という言語手段が、音と意味の両面から、従来のやまとことばの中に侵入してきた。かな文字が造られてから、日本語には二種類の表記(漢字と仮名)と二種類の発音(音と訓)が共存するようになる。漢字とその発音は、漢文化を代弁し、仮名とその発音は、日本古来のコトバを代弁するといった具合である。仮名文字が二種類になり、男文字のカタカナから、女文字のひらがなが独立し、ここに平安朝の女流文学が生まれる。ここで〈漢字・漢音・男文字・論理性〉という外来文化の流れと、〈仮名・やまとことば・女文字・情緒性〉という伝統的文化の流れが共存し、日本語の二重構造の基礎ができあがる。このような二重構造が言語に内在するようになると、精神の二重構造が生まれるのは当然である。タテマエとホンネ、内と外、公と私、論理と情緒に分かれた主要原因は、ここにあったわけだ。

 十六世紀、スペイン・ポルトガルから、キリスト教宣教師が来て、新しい西欧の宗教とルネッサンス期の文明を日本に紹介したとき、日本人の人格と高潔な生活態度、それに知的レベルの高さを評価する手紙を本国に書き送っている。これは日本人の中に、依然として人格の統一性があった証拠になる。

 ただし現代日本人の人格形成の上で、想像以上の影響を与えたのは、徳川時代の長期にわたる封建制、鎖国、切支丹の禁制である。概して宗教弾圧には非論理的要素が多いが、切支丹大名の追放処分、庶民にたいする残酷な処刑法は、日本人の性格を歪めないわけにはいかない。五人組制度など、同一の村落隣組内の切支丹密告組織として、同胞隣人にたいする不信感を植え付けたことは疑えない。

 日本の歴史を顧みて、国全土にわたって、国家的規模で、同国民女子供を含め、住民を容赦なく引き出し、逆さ吊りにしたり、穴蔵に放り込んだり、燃える硫黄を浴びせたり、十字架につけたりして拷問・惨殺を行ったのは、この時代を除いてはない。宗教とか信仰に命がかかるのは、その信仰が人間生活に重大な意味を持ってくるからであるが、信長や秀吉の初期の好意的な態度が一転して、迫害と追放、それから鎖国へと極端な形を取ったことは、日本国民全体にとって不幸な時代であった。このような宗教弾圧によって、気骨のある切支丹が容赦なく追放されたり、殺されたりしたあげく、結局はコロビの背教者と、幕府の迫害に荷担した臆病な日本人が生き残って、今日の日本人が存続しているといえば、言い過ぎであろうか。

 そのあいだ世界は、近代に向かって急速に前進していた。切支丹弾圧と鎖国の期間、つまり十六、十七、十八世紀なくしては、現代世界と自由主義、啓蒙思想は語れないなら、当時の日本の損失は想像を越える。そのあいだ江戸時代の町人文化は栄えたが、その反面、日本人の論理性が後退し、それに代わって内向的な情緒性が花開いたと言える。十九世紀後半、日本は明治の開国と同時に、切支丹禁制の高札を撤去し、近代国家の仲間入りをすると同時に、三百年の遅れを一挙にとり戻そうと、西洋の文化を大車輪で取り入れた。さらに軍備を強化し、日清日露両戦役で勝利をおさめた結果、自信を深め、さらに太平洋戦争に突入した。長年の閉鎖的国策が、反対方向に向かって爆発した。

 このようにして戦後日本の経済が急速に伸びていく一九六、七〇年代、日本人自身のアイデンティティーを求める著書が、書店の店頭を賑わすようになる。日本人とは一体どんな民族か、日本人を理解するためのキーワードは何かが問われる。それは恥の文化、恩、義理、それに甘え、和、タテ社会の論理、単一民族社会、農耕社会、神道的空間、日本教理論、日本会社論など、いろいろの角度と立場から、批判と内省と分析の声が上がった。「日本論Japanology」が口にされ始めたのは、そのころからである。

 さて筆者は以前から、「情緒主義emotionalism」を日本人理解のキーワードにしてきたが、グレゴリー・クラークの分析と違うところは、クラーク氏が情緒主義の原因を、日本が諸外国の侵略にあった試しがなく、イデオロギーを育てる必要も機会もなかったことに置いているが、筆者は、情緒主義の温存の理由は、まず第一は、日本語の和漢的二重言語構造にあり、第二は、漢文化がタテマエ化するとともに、根底にあるホンネが閉鎖的封建制の中で発酵し、さらに脱論理の積み重ねによって重層化したと考える。

   3 情緒主義的日本人論

 現代にいたるまで、日本人の心には、合理主義と情緒主義のたえざる葛藤があった。社会生活の中でみずから反省するとき、論理がたやすくタテマエとして形骸化し、情緒がホンネとして優先される。「ホンネを言わせていただく」には、有無を言わせぬ説得力がある。それが「実際」「実情」「事実」を経て、「真実」とか「真理」につながる。「ホンネ」は「真意」とは違って、論理を骨抜きにする生存本能で、情緒の代名詞にもなる。人はホンネを吐露することによって「実情」を知らせ、タテマエ的表看板より、生活上の「実益」をとる。それで集団意識はたやすく「実利」に流される。日本人理解のキーワードとして、このような実情・実益・実利主義をあげることもできる。

 やや古いが、筆者のデータ報告を兼ね、例を19921010日の時点にもどすことにしよう。当時社会を賑わしていた問題が、ホンネ・タテマエ論を整理するのに好都合だからだ。PKOの海外派兵、エリツィン・ロシア大統領の訪日キャンセル、金丸自民党前副総裁の進退問題、それにエイズの追跡調査などがあった。

 まずPKO問題を見ると、論理的に考えれば、憲法に違反することは明らかである。憲法第九条は、いっさいの武器を永久に放棄することを宣言している。前文には、「日本国民は、国家の名誉にかけ、全力を挙げて、この崇高な理想と目的を達成することを誓う」とある。しかし「厳しい現実」に直面する(このコトバもまた実益というホンネに繋がる)。それは湾岸戦争非協力への償い、米国の圧力、世界経済のバランスを崩したことに対する負い目、カネだけ出して手を汚さないことへの呵責など。そのまま憲法に固執すれば、世界の孤児になる恐れがあるという判断で、(それ自身間違っていないにしても)論理より実益が優先される。その実益には、「自由諸国とうまくつきあう」とか「厳しい現実に対応する」という別のタテマエが打ち出され、ホンネすなわちソロバンで計算された実益と生存本能的情緒が、本当の動機となって回転し始める。

 エリツィン大統領は、予定日の四日前に訪日をキャンセルした。日本政府は渡辺外相を遣わして、来日にあたっての四島主権確認とりつけを促したが、それがあまりのしつこさだったのか、ロシヤ大統領は体を交わす。日本側は政経不分離の原則を打ち出したが、それも論理的根拠というより、外交上の戦術に過ぎないため、相手の心を動かさなかった。日本側の実益主眼の意図にたいして、ロシアは実益主眼で応えた。

 金丸氏の進退・けじめ問題は、論理よりも情緒のからみあいであった。派閥の存在そのものが、すでに論理的なイデオロギーではなく、実益の縁と生存本能からくる情緒的繋がりであるから、力のバランスが崩れると、恩はすぐ仇となり、裏切りへと通じる。そこには腹の探り合い、かけひき、計算、作り笑い、ひそひそ、裏工作、騙し討ち、口実と、逃げ隠れしかない。

 エイズは、最近の非加熱製剤の輸入問題でも明らかなように、輸血による発病可能性が証明された。ただしこの病気の最初の発端は、理屈から考えても分かるように、性倫理の崩壊にあった。エイズ蔓延を防ぐには男女交際の慎み、結婚の尊厳と品位とを取り戻すしかないことは、人間だれしも薄々知っている。エイズで本国に帰らされたタイ人女性の追跡調査や、デンマークの性教育を連載で送る新聞社の(不)倫理観を見るとき、エイズ予防よりも、むしろエイズの宣伝をしているように受けとられる。非加熱製剤の輸入を阻止できなかった理由は、人道や人命より実利・実益を優先した当時の権力者にあったことは言うまでもない。

 情緒主義は、論理、倫理、法律、品位、尊厳、人格はどうあれ、人間の本能的感情以上に確かなものはないとする価値観が土台になっている。「実情」や「実益」という用語が表しているように、エゴセントリックな人生観につながる。性の解禁は、論理的真実性よりも、欲望の解放を優先した考えに他ならず、(このような言い方は、世相に逆行することは承知であるが、・・)人間性を動物以下にする。日常生活の中でも、われわれは理より情を優先させていることは、日常使う日本語を見ても分かる。英語に訳しにくいコトバがあるとすれば、そのほとんどが感情用語、感覚用語、主観用語である。手元にある先ほどの平成4年1010日の朝日新聞朝刊からピックアップしてみる。1~5面で目に付くものとして、次のようなものがある。

 「けじめ」「あくまで」「やはり」「もっぱら」「いまこそ」「こだわる」「ぱなし」「ばかり」「がち」「じめじめ」「どうも」「~のきらい」「よりどころ」「積もり積もった不満」「厳粛に受け止める」「心からお詫び」「洗いざらいぶちまける」「ぎくしゃく」「いち早く」「させていただく」「ようやく」「けりをつける」「ひけをとる」「おそれいった」「なんと」「いらだち」「なかなか」「てぬるい」「いまわしい」 「ひとしお」「あえて」「ばたばたと」「割り切る」「負い目」「追い込まれる」「かみつく」「もたついている」「詰めの甘さ」「しっかりして」「面倒見のいい」「うらやましげ」「それならそれで」「触れ合い」「づくし」、その他「してやる」「してあげる」「して貰う」「してくれる」など。

 敬語のすべて、主語省略、使役用語などを含め、漢字名詞をのぞくと、大なり小なり主観性、情緒生が多く、それに推量、思惑、繰り返し、また推量からくるプライバシーへの侵入もある。以上のような言語をあやつる国民の一人として、その言語だけでなく、根にある精神性を解釈し、整理しなおす必要にかられるものである。


 日本語の情緒性

1 語彙にみられる情緒性 

 しめやかな激情

 欧米の社会で「感情emotion,feeling,Gefuhl,sentiment」といえば、まず喜怒哀楽を考える。それから食欲、性欲、所有欲、闘争欲、支配欲のような欲情、さらにある種の激情、怒り、愛着、憎悪、嫉妬、復讐、執着、傲慢、軽蔑なども念頭に浮ぶ。しかし日本人の場合、和辻哲郎がその著『風土』で示しているように、「しめやかな激情」と「戦闘的恬淡」のような、もっと複雑で繊細な感情が底に流れている。和辻はそれを亜熱帯のモンスーン地域という風土に原因づける。いずれにせよ、日本人がもつ感情で、ごく平凡なものからあげてみると、悲哀、焦燥、寂寥、恐怖、畏怖、遠慮、恐縮、憧憬、激怒、哀愁、気楽、不安、迷惑、思い煩い、苦汁、奢りなどが浮かぶ。喜怒哀楽というとあまりにも単純過ぎる。

 英語になり難い日本語をみると、日本人独特の感情が浮き彫りにされる。例えばさきほどの新聞の最初に出てくる「けじめ」は、英語のdetermination,resolution,    decisiveness,conclusion,clearance,finalexcuse,absolution,public        approval,
understandablesolution
のいずれにも当て嵌まらない。これが英訳しにくいのは、「けじめ」には独特の感情が込められからだ。それは、社会的責任を果たさなくてはならないとする当人と周りの人達の焦燥感、あるいは世間が納得するクギリづけへの願望である。限られた団体内部で、お互いが了解できるような有形無形の決着をつける意味でもある。背後には期待感、焦燥感、罪責感、義理意識、同質的一体感のような感情がある。 

 体感的表現

 この例で見られるように、日本人の感情は、性格的に見て、西欧人また他民族のとは、異る。概念的には掴みどころがない粘着性、陰湿、発酵的性向があり、決して明るい陽気な感情とはいえない。常々一歩さがって自他ともに見つめ見詰められる真剣さ、几帳面さ、遠慮深さ、恐れがある。これが同時に五体感覚と結び付いていて、体感的表現が多いのも特徴である。頭がきれる、首が回らぬ、腰が低い、手が速い、鼻持ちならぬ、歯が立たぬ、目をつける、白い目でみる、目の黒いうちは、首をながくして待つ、目先が利く、腹が黒いなどなど。

 また「気」用語が多い。気持ち、気分、気性、気慨、短気、気むずかしい、気をつける、気にさわる、気がまわる、気にする、気がね、気がめいる、気がせく、気がする、気がしずむ、気におけぬ、気が短い、気が長い、気がある、気が気でない、気がとがめる、気がひける、気にかかる、気にいる、気にくわぬ、気を落とす、気を配る、気をとりなおす、気が晴れる、気をもたせる、気を許す、気を悪くする、気をもむ、気を楽にする、気をよくする、などなど。「気」とは、「精神の触覚である」とする定義がある。五感の延長、または第六感のようなものであろうか。いずれにしても知性よりも感性、理性よりも本能的な感知力に属する。

 さらに何百とある擬声・擬態語もそれに近い。はらはら、ぱらぱら、ばらばら、だけでもだいぶ違った表現になる。きらきら、ぎらぎら、ちらちら、すいすい、かんかんなどもそうである。いずれこのような用語は、幼児用語と同じく、現象の言語的描写を助ける感覚用語である。以上から日本語は、感情・感覚用語を豊富に備えていることを知る。外国人が日本語を学ぶ場合、擬声・擬態音のような感覚用語は、取りつく島がない。例えばフランス語のような言語では、擬声・擬態語など一切存在しない。またたとえあっても、大人の世界では使用しないのが普通である。

 言語による人格形成

 日本人あって日本語があるのか、日本語があって日本人が存在するのか、という質問が出る。その答えはそのいずれも真である。日本人が日本語を作り、日本人用語として形成してきた。同時に幼児の場合、みずから選択の自由なく、日本語を習得することによって日本人になる。ただ成人に達してからは、日常どんな日本語を使用するかは、本人の責任になる。「どうせ、わたしなんか」と言うような悲観的用語を使う人は、卑屈な性格を形成していく反面、「お陰様で」と日頃口にしている人は、感謝を惜しまない性格になる。口にしているコトバは、本人の人格を表わすだけでなく、本人の人格を形成していく。いずれにせよ日本語を話すことによって、日本人としての国民性を身につけていくわけである。したがって、日本語の中の情緒性は、日本人自身が造ったものであると同時に、またそれによって日本人の性格が形成されていく。ここに相互補正作用reciprocalityがある。

 以上は、卵があって鶏が出来たか、鶏がいて卵が出来たかと同じ質問になるが、順序からいって、やはり日本人がいて日本語が生まれたことは疑いの余地がない。なぜなら、日本語の形成には、日本人の存在が前提になるからだ。良い心は良いコトバを作り、悪い心は悪いコトバを生む。コトバが心の現われであれば、心があってコトバが生れたことは否定出来ない。

 情緒的表現が多いのは、日本人自身が主情型の人種である証拠になる。なぜ日本人が主情型人間になったかを見ると、前述したように、漢字の導入による日本語の二重構造がもとで、上層部にある漢字文化に伴う論理性がタテマエ化し、底流の受け皿になったやまとことばが、ホンネとして庶民の心に受け継がれたためと言えよう。宗教迫害による思想統制、鎖国、江戸の町人文化の発達などで、脱論理にならざるをえなかった背景もあろう。それは日本民族がもともと情緒型の性格をもったというより、政治的な圧迫がもとで、庶民の人間性が萎縮し、その結果日常の言語のなかに、論理による濾過を経ない情緒の氾濫として現われたのではないか。

 構造的にも日本語の中に、次のような非論理の情緒性が現れる。それは客観的論理より主観的心理が優先されるわけである。ここで語彙から離れ、日本語の語法、統語論に目を注いで見よう。

 2 言語構造にみられる情緒性  

 日本語の情緒性は、語彙だけではない。むしろその言語構造全般にみられる特徴である。それはちょうど日本語が表記や音声ではないのと似ている。ある個人の人格を評価するに、その人の容姿や発声だけでは十分ではないのと同様、日本語を評価するのは、語彙のもつ表記法や発音だけでは十分ではない。言語的トゥールが、その内実である意味内容を載せ、それを相手に、いかに正確に伝達し、さらに自らの思考を、いかに正確に回転発達させるかが、言語的価値を決定する。それでは、対話においてどのような言語構造が問題になるかを挙げて見よう。

 「はい」と「いいえ」の返事のし方

 日本語では、「はい」の返事は肯定を意味するとは限らない。「あなたは行かないのですか」「はい、行きません」のような返事をするとき、この「はい」は肯定否定の意味での論理的肯定を表わしているのでない。聞き手の期待にたいする同感である。聞き手が答え手である自分にたいし、「答え手は行かないだろう」という期待を感じ、答え手はそれに同感したから「はい」と答えたまでである。日本語の「はい」は、肯定否定に関係なく、相手の期待に同意同感を示すもので、論理用語でなく、心理用語である。理性的判断を助けるために発する肯定返事でなく、情緒的一体感をあらわす同意同感的合槌である。英会話に慣れないと、次のような英語が交わされる。

    外国人:Can you speak Chinese? 日本人:No, I can´t.

    外国人:Oh, you can´t?      日本人:Yes, I can´t. 

    外国人:Well,Yes?        日本人:No. 

    外国人:No?           日本人:Yes.

 聞き手の外国人にとって、話し相手の日本人が中国語ができるのか出来ないのか、まだよく分からない。英語のyes が論理的肯定を表わしているのに対し、日本語の「はい」は心理的同意同感を表わす。前者は頭を使って返事をしているのに対し、後者は心を使って返事をしている。だから、“No?"と尋ねれば、英語では“No"のはずであるが、日本人にとっては“Yes"となる。このような返事のし方一つ取ってみても、日本語は論理性よりも心理性を基盤にして発達した言語であることが分かる。 

 指示代名詞の「それ」

 だれかが食卓の向こうから、ある物を指差して「それを取ってください」と言った場合、この「それ」に該当する英語はitではない。英語のitは指差しの「それ」(指示代名詞)とは違う。このような場合、英語ではthatoneを使う。日本語の「それ」は第二人称である聞き手の側にあるか、聞き手がすでに知っているか、聞き手に近いものを表わす。したがって客観化できない主観的な相対関係用語である。話し手と聞き手との関係から、聞き手にとって既知のもの、馴染みのあるもの、手に触れられるものが「それ」である。AB二人が会話で、こちらが話し手のとき、相手は聞き手であるが、反対に相手が話し手になると、こちらは聞き手になる。だから、Aにとっての「これ」はBにとっての「それ」、Aにとっての「それ」はBにとっての「これ」になる。したがって、話し手かどちらかによって、「これ」と「それ」は絶えず入れ代わる。

 テニスで相手にボールを送るとき、「それっ」と言い、犬に何かを取りに行かせるときも「それっ」というが、それは物が聞き手に近づくからである。「それ、それ、それ」と言って子供に注意を促したり、本人が忘れたことを聞き手に思い出させるのは、「それ」が聞き手に近いか、親しいか、知られている物だからだ。このような「それ」の用法は、英語にはない。「それ」は日本語の対話者相互にある相対的馴れ合いを示すと言えないだろうか。 

 係助詞の「は」

 結論から言うと、助詞の「は」は、主観的な「思い入れ」である。もちろん英語には一切翻訳できない。日常使い慣れているため、ほとんど気づかないが、「これがいい」というと、これしかいいものがないと言う。ところが「これはいい」は、多分いいものは他にもあるかも知れないが、一応これはいいものの一つであるとの含意がある。また時には、「これは要りません」の意味を含ませることさえある。次の文で、助詞の「が」を「は」に代えて言って見ると、どれ程ニュアンスが変わってくるかが感じ取れる。

おカネがない。     → おカネはない。

わたしが行きます。   → わたしは行きます。

わたしが悪かった。   → わたしは悪かった。

タクシーが来ました。  → タクシーは来ました。

雨が降っています。   → 雨は降っています。

ゴールイン!君が一番だ。→ ゴールイン!・・・君は一番だ。

ああ、おなかが空いた。  → おなかは、空いている。

助けて! 強盗が入った! → 強盗は、入ったのだ。

 「は」には、思惑があることがすぐ分かる。思惑を引き起こすヒマもないような咄嗟の発声に「は」は使わない。経験的現象を描写するさい、「あっ、」「ほら、」「見ろ」のあとの文には、かならず「が」が来る。体験したままをすぐ口にするとき「が」、すこし間を置いて考えると、「は」になる。すなわち客観的・描写的・主述関係を、主観的・陳述的・主述関係に直して言い換えるとき「は」になる。日本語で助詞の「は」を頻繁に使用することは、客観的な主述関係より、主観的主述関係が多いことを匂わせる。「カネがない」は金庫にあったカネが姿を消したとき言うが、「カネはない」は長年の経験で記憶から喋っている場合で、主観的思惑や納得を表わす。

 敬語・尊敬語/謙譲語

 これほどはっきりした主観優位の語法はない。なぜなら、ある人に話し手が尊敬用語を使うことによって、相手が優れた人になるわけでもないし、本人にたいして謙譲語を使うことによって、本人が卑しくなるわけでもない。物体や品物に接頭語の「お」を使っても使わなくても物は物である。「お茶」でも「茶」でも、茶の本質には変わらない。ある日本語を学習中の外国人が、どうして敬語を勉強しなくてはならないのか、意味が分かればいいのではないかと教師に言ったそうである。欧米人はコトバは伝達の手段と考えているため、伝達内容が客観的に分かるということが目的である。しかし日本人には、コトバの伝達内容はともかく、伝達のし方にこだわる。そこに感情がはいり、言い方次第で傷ついたり、煽てられたり、ひやかされたり、卑屈な思いをすることがある。その善し悪しは別として、敬語はすべて感情用語に含まれる。なぜなら、相手を傷付ける傷付けないは、言語的意味の問題でなく、対話者同士の感情の問題だからである。

 主語省略

 主体をぼかすことによって、行動の責任主体を曖昧にする。これは当然論理性を失わせることになる。コトバが文となって成立し、聞き手が分かるためには、主語と述語の二つは欠かせない。一方だけでは意味をなさないからだ。主語だけでも述語だけでも、聞き手には伝達内容を理解させることが出来ない。話し手はなんとなく分からせようとし、聞き手はなんとなく分かったような気がしても、実際は何のことか分からないことが多い。主語省略の習慣は、日本語の主観性を濃厚にする代わりに、客観的な判断を難しくする。また敬語をつかって話す際、おたがいに言わなくても分かるに違いないという期待感から、主語を省略しているようである。

 述語の位置

 述語を文の最後におくのは日本語の特徴の一つであるが、どこまでも引き伸ばして、述語的決着を延期することは結論のばしになる。これは客観的な陳述を難しくする。つまり結末をつけないで、いくらでも修飾語を述語の前に置いて引き伸ばすことが出来るということである。また述語を連体化し、その後に名詞をもってくれば、それが節に一変して、文をさらに引き伸ばすことができるだけでなく、述語のあとにその他の用言を付け加えて、さらに決着を内容的に変更することもできる。例えば、今ある人が自分の希望を端的に表示して、


「わたしが行く」と言いかけたが、やや遠慮して「なら」を付け加え、

「わたしが行く―なら、」。さらに、
「わたしが行く―なら、―あなたも行きますか?」のように、最初とは全く違った方向に転換させ、疑問文で終わらせることもできるし、
「わたしが行く―と/とき/のは/ので/のに/こと/・・・」とか、
「わたしが行く喫茶店は、あそこです」のように複文にすることもできるし、
「わたしが行く―つもりです/べきです/かもしれない/ほうがいい/ことができる /らしい/そうです/ところです・・・」などのように、いろいろな陳述に変えていくことも可能である。したがって、英語のように主語が最初にきて、すぐあとに述語がくる単純明快な表現から比べると、いくらでもややこしく、分かり難くすることができる。つまり考えながら、結論をいくらでも引き伸ばすことができるということになる。 

 受身形・使役形・使役の受身形(来られた、来させた、来させられた)

 この形はどれも主語ぼかし、つまり責任主体のぼかしに役立つ。受身形はそのままで受身として使うより、しばしば尊敬として使う。本来受身を表す形がどうして尊敬を表すようになったか、おそらくは受け身的表現と尊敬表現に似たものがあったためであろう。受身というと、本人の発意でものごとを遂行するのでなく、起動原因が他にあるという意味であるから、それが尊敬に使われても不思議ではない。尊敬されるべき人は、みずからの発意でものごとを行う必要がないという発想なのか、あるいは話し手自身が、主語の行動責任をぼかすことで、主語に尊敬を装わせているのかも知れない。

 また、日本語の使役形は、強制か許可かはっきりしない。強制には自由がなく許可に自由があると考えれば、強制と許可という相対立するものが、どうして一つの形に含まれているか、合理的に考えると分からなくなる。ただし日本人と日本語の情緒性の中には、そのどちらでもあるし、どちらでもないような仄めかしがある。

 とくに主語が「わたし」で、使役の受動形の場合、「わたしは夕べパーティーで飲まされました」のようなとき、強制でも許可でもなく、強制の衣を借りて、本人の飲みたい意志を隠している可能性が濃厚で、聞き手のそれを了承して聞いているから、「それはけしからん。だれが飲ませたのですか」とは問い返すことはない。そこには主体の責任ぼかし、遠慮、謙遜、被害意識、冗談、甘え、卑屈など、いろいろな感情が介在している。したがって形の上ではともかく、日本語の受身形も使役形も、論理的に額面通りの表現として受け止めるわけにはいかない。ここにも日本語の情緒性が隠されている。 


 あとがき 

 紙面の関係上、以上をもって「言語構造からみた日本人論」を一応締めくくりたい。言い足りないことが多く、未完成・未完了で、中途半端な小論になってしまった。ただ1970年代から、わが国では種々の日本人論が世に出たが、日本語という言語構造から、日本人理解のキーワードを探し求める作業はされていなかった。どちらかというと、文化類型学、社会学、心理学などからのアプローチが目立ったように思う。

 ただし、日本人のアイデンティティーは、日本語を母国語とする点から規定するのが論理的筋道である。もちろん日本語を自由に操る外国人もいるし、日本語を話せない日本人帰国子女のいるが、どのような地理的・歴史的・社会的・遺伝的制約の下にあっても、日本語を操ることが出来ることが、日本人の日本人である主要な根拠になっている。 人間が動物と違っているところは、動物には言語はないが、人間は抽象概念を載せた言語を操ることが出来ることにある。それと同様に、日本人が他国人と違うのは、日本語という言語を操ることができるためである。パスポートが日本人である証拠になるように、日本語は日本人のパスポートになる。

 われわれ日本人は、日本文化の中に生まれ育ってきた。そして日本文化というと、歌舞伎、能、俳句、和歌、茶道、華道、坐禅、絵画、建築、雅楽、民謡などを思い出すが、日本文化の最高最大の遺産は、古典芸能ではない。日本人がすべて芸能人であるわけではないのと同様である。むしろ日本文化最高の結晶は、日本語である。そして日本語を分析すれば、日本人のアイデンティティーが抽出される。

 ただし、現代の日本語は、国際的な通用度からみて、普遍化できない要素があまりにも多い。かつてイタリヤ系日本語学者ドメニコ・ラガナ氏が言ったように、日本語はまだ洗練されていない土語的な要素を多分にもっている。かれはそれをイデオ・ランゲージidio-languageと言った。すなわち普遍化を厭う一種の「地方言語」である。それはグレゴリー・クラーク氏の著書にある『日本人』の英書名が、"TheJapanese        Tribe"(日本酋族)と言っているのに似ている。つまり外来語である漢語や英語を無批判に取り入れて、それを日本語に同化させたかにみえつつも、「やまとことば」的日本語のアイデンティティーを失っても平気でいることである。感性において洗練されながら、人類普遍の約束である理性をないがしろにし、不透明、理解不能、不可解性を知ってか知らぬか看過している。まさしく日本語がそうであるように、日本人がそうであるということになる。アイデンティティーのない言語は、アイデンティティーのない国民を生み、それが諸外国からみて、「顔のない国民」を造りだしていることになる。

 以上のように言うと、日本はユニークな国であり、日本人は世界でも最もユニークな国民ではないかという反論が返ってくるかも知れない。たしかに言語構造からみて、上述のようにその情緒性を漂わせる構造はユニークである。しかし、いかに繊細な感覚的描写が可能でも、論理的に曖昧で不明確な場合、そのユニークさは、曖昧不透明であるという点でのユニークさであって、独特の個性を発揮するという本来的意味でのユニークさでない。だから「顔がない」という形容詞を頂戴することになる。

 前述したように、日本語の情緒性は、国民同士の交流にあたっては、以心伝心と同族の誼みでコトを荒立てずに済む。日常ゴタゴタがあっても、不鮮明・不明瞭なことがあっても、責任を追及したり、責任主体を浮き上がらせることを避けようとする。ただし日本が国際社会の一員として姿を現せば現すほど、このような不鮮明・不明確は、容認し難いものになる。善悪、正邪、シロクロをはっきりさせるのが、国際社会の常識だからである。今日本国民は諸外国の合理主義に囲まれて、ひとり情緒主義を温存させていくことができるだろうか。ますますそれが出来ない状況に追い詰められているのではないだろうか。

 さて、それではわれわれは、どのようにして、不透明、曖昧、不可解な日本語から、透明で理解可能な合理的日本語に向かって橋渡しをしていくべきか。これについては、いずれ近い中に私論を発表したいと思っている。


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