臨死体験と死生学の狭間

第1章  現代人と死

 

1.死と現代人

 ある種の動物は自分の死が迫ったのを知り、群れから離れて、どこかへ消えていくという。動物によっては、自葬のための穴を掘るものもある。このような行動は、かれらにとって、遺伝子にインプットされた筋書きで、何世代も同じパターンを繰り返す。人間の場合、原始時代には、部族や種族によって、同じような死のパターンが繰り返された。歴史学者フィリップ・アリエスによると、西欧では時代時代によって、数種類の同一バターンの繰り返しがあったという。かれによると、現代人の死のパターンは、「死のタブー化」であるという。これは一種の逃避である(アリエス、『死を前にした人間』、501-541ページ参照)。

 なぜタブー化されたか。日本語ではタブーのことを禁句というが、ポリネシア語のtapuからきたらしい。聖と俗、浄と不浄の接触が、神罰を招くという(松村明監修、『大辞泉』小学館、l995年、1664ページ)。葬式のあと塩を撒いたりするのは、死を不浄と見る習慣からきたものだろう。

 現代のように科学技術万能の時代にあっては、死はますます不可解なもの、忌むべきものとなる。科学の最先端をいく医療技術を使って、病院の医師たちは、患者の生命の維持を最大限に試みる。だが死はある意味で、万能であるはずの医術の失敗であるから、死が訪れた患者にたいして、なすべき方法を知らない。病院当局はできるだけ速く、しかも一斉に、死者を家族に引き渡し、病室を清掃する。それはあたかも死の汚れを払拭するかのようである。

 人類はたしかに科学技術の恩恵を被って、生活上の便宜を豊富に提供されてきた。しかし英語では、生活も生命もどちらもLifeであるが、生活上のライフは至極快適になったが、人間の生命のライフはどうだろう。チューブを口にくわえた末期患者の生命は、大切にされているだろうか。むしろ人間の生活は重視されているが、人間の生命は軽視されているのではないだろうか。これは矛盾ではないか。もし生活できなくなった生命の心の配慮ができていなければ。

 

2.現代文明の自己矛盾

 科学技術それ自身は、善でも悪でもない。それを利用する人間の意図を問わねばならない。一方ではライフ(生活)を大切にし、他方ではライフ(生命)をモルモット化し、あるいは差別し、あるいは殺戮する。技術の進歩によって、一方のライフは簡便になったが、一方のライフは危機に瀕している。科学の進歩は人の価値と尊厳を向上させているだろうか。寿命は伸びたが、寝たきり老人が増えたということは、人間の価値と尊厳にとって、プラスになるか、マイナスになるか。

 科学の進歩は、核兵器というこの上なく効果的な殺戮兵器を製造することで、何十万、何百万の人間が、一瞬に蒸発することができるようになった。人工化された社会では、戦時でなくても死は予期できない。災害死、事故死、過労死、感染死、薬害死、それに自殺を含め、さまざまの疾病、伝染病、遺伝病、不治の病、新顔の症候群が人類を襲う。犯罪が増えれば、不本意な死に方をする者が増え、処刑される死も増える。みずから手をくだす死もあり、安楽死が合法化された国もある。

 新聞の社会面には、毎日のように事故死や自殺・他殺が載る。「〜事件」の名のもとに、犯人の捜査・追求が連続的に掲載され、それに輪をかけて大衆誌の記事・小説には、「死」「殺人」「惨殺」「死体遺棄」のテーマが氾濫する。死の氾濫は、知らず知らず、読者の心にひそむ「生命への畏敬」をますます鈍化させる。わずか何グラムかの砒素や青酸カリを食物に混入させ、罪もない人命が奪われれば、人命軽視の感情が感染せざるをえない。死が日常的になると、生命は不可避的に軽視される。

 人類は日進月歩で近代化されたが、生活を豊かにする科学技術が、生命への畏敬を踏みにじるのはなぜか。人間によって支配されるべき科学技術が、人間を支配するようになったためである。ここに科学技術万能主義の破綻がみられる。科学の進歩への信仰が、どこか誤っていたためである。

 アルバート・シュワイツァー博士は、「生命への畏敬」が人間倫理の基本であることを悟って、アフリカのジャングルで医療に専念する決意を固めた。生命への畏敬なくして、科学技術の進歩も、人間の幸福には役立たない。科学は全知全能ではない。医学にしても同じである。生命への畏敬のない医学は、すべての治療において、実験データを増やすことだけが目的になる。患者はモルモットのように、実験台に載せられ、息絶え、そして捨てられる。

 死の尊厳が失われれば、生の尊厳も失われる。また生命への畏敬がないところには、倫理も道徳のない。「地球倫理」を提唱し世界を駆け巡っているドイツのカトリック神学者ハンス・キュング博士は、キリスト教、ユダヤ教、イスラム教の掟であるモーセの十戒を人間倫理の基本に据えているが、十戒では殺人、姦淫、嘘、盗みを禁じる。殺人は生命の抹殺であり、姦淫は新生命への冒涜であり、嘘は人間理性への侮辱であり、盗みは私有権の剥奪である(『朝日新聞』1998年10月29日、28面)。たしかに倫理の基本は、人間の生命への畏敬を失わせることを禁じるものではないか。

 医学は進歩してきたが、精神面がなおざりにされた。それはとくに末期患者の精神治療面でそれが問題化される。臓器移植に伴う脳死判定は、末期患者の余生をいっそう不安定なものにする。臨死体験研究や死生学は、以上のような背景があってこそ生まれたものである。以上二つの学問は、精神医学面で今世紀70年代から始まった新しい傾向である。それは人間の死にたいする新しい挑戦であり、タブー化の告発でもある。

 

3.現代の日本人の死

 死がタブー化されている現代では、人々は死を厭い、死の面影を避ける。かつては家族にみとられて死を迎えた病人が、病院でパイプを口にくわえ、人工呼吸と点滴を受け、醜い姿のまま延命を余儀なくされる。さらに末期になると、不本意にも過剰な投薬と装置づけで、孤独の中に長時間苦しみ、そのあげく息絶えていく。するとベット待ちしていた次の患者が同じ部屋に入れられる。

 働くことを生きがいとする働きバチの日本人が、いざ働けなくなって病床に伏すと、周囲からは役立たずとされるのは当然かもしれない。やがて命を失えば、粗大ゴミのように、そそくさと火葬場で焼却される。市井の斎場はベルトコンベアーのように、死者を事務的に葬る。悲壮な語調のセレモニーと音楽が用意され、鳩を飛ばせ、献花が行われていても、空しい印象は避けがたい。

 かっての老人への敬意、老境への憧憬、死者への崇敬は失われた。世界一長寿国の日本は、また世界一寝たきり老人が多いと聞く。すると長寿は「寿」でなく「苦」になる。65歳以上の高齢者が、国民の三分の一になれば、長寿にたいする有り難みも湧いてこない。子供の数が平均2人以下となった少子家族にたいし、肥大化した老人層が共存するようになった。老人は子供と孫にかこまれて、感謝と尊敬を受けつつこの世を去ることも不可能ではないはずだが、現在のように、高度科学技術を謳歌する時代に、老人は時代遅れの廃物でしかない。老人の死は、厳かな別離の儀式ではなく、死体処理のスケデュールになる。

 このような時代をつくったのは、筆者を含める現代人全体の責任である。科学をモノとカネと便宜と快楽を生み出すための道具にした。その結果、精神よりも物質が優先させた。それは聖書にあるように、「人はパンのみに生くるあらず」(マタイ福音書4:4)ではなく、「人はバンのみに生くる」時代を生み出した。これこそ科学技術への信仰が作りだした産物なのである。

 

 

第2章 臨死体験と臨死研究

 

1.臨死体験

 臨死体験を英語で Near Death Experienceという、かつてこれを「近似死体験」といった。なるほど死に近い経験で、一度死したものと医学的に判定されながら、生き返り、仮死状態の間の経験をさしている。これを学問とくに医学の対象にするなど、従来及びもつかなかったが、今世紀それが現実に起った。

 顧みると、西欧の科学的精神は、ターレス、ピタゴラス、アリストテレス、ユークリッド、ヒポクラテスの名が残っているように、古代ギリシャに始まったが、その遺産は、暗黒時代といわれながらも千年以上にわたって大切に温存され、その結果が14世紀来のルネッサンス、産業革命、宗教改革、啓蒙主義の歴史的変転を経て、19世紀の実証主義主義に継承され、科学技術となって開化した。

 ただ西洋医学にかんして言うと、医学は人間の肉体的生命を守り維持するための学問であって、対象はあくまで人間の「生」であり「死」ではなかった。それが今世紀後半、とくに70年代から、瀕死の重傷を負った患者や、事故、手術、自然災害、発作、病気その他で生死の境をさまよい、さらに医学的には死の判定を受けながらも、奇跡的にこの世に帰還した人たちの経験を対象とした「臨死研究 Near Death Studies 」という学問が生まれ、とくに米国では、著名大学の医学部、心理学部、哲学部などの部門で、研究発表と相互啓発、および全国的な研究者と経験者の組織もできあがり、急成長しつつある。それが現在のIANDS International Association of Near Death Studiesという学術団体で、多くの専門的精神医、心理学者、医療技術者、教育者、哲学者、牧師が加盟し、その会員となって研究活動を続けている(Cf. "Vital Sign", quarterly published by IANDS Inc.PO Box 502, East Windsor Hill, CT. USA )。

 

2. 臨死研究

@エリザベズ・キューブラー・ロス

 1926年、スイスのチューリヒで生まれた。三つ子の末娘として、しかも生まれたときは2ポンドしかなく、髪の毛のない醜い子で、両親からはあまり歓迎されなかったという。かの女は2ポンドしかない人間でも生きていく価値があることを生涯を通じて証明しようとした。義務教育を終えると、父親の反対を押し切って、医師への道をめざした。住み込みの家政婦などして働きながら大学入学資格を取り、1957チューリヒ医科大学を卒業した。結婚後米国に渡り、1965年シカゴ大学の研究員として臨床患者のカウンセリングを手掛け、とくに悲しみの克服と死の受容を助けるようになる。「死のセミナー」を開始し、1969年には『死ぬ瞬間』を出版し、これがベストセラーとなり、その業績が国際的に評価され、世界各地を超密のスケデュールで飛び回るようになる。医者が生かすことより、死ぬことに注目するなど、異端視されかねない画期的な仕事であったが、今日では末期医療やホスピスの先駆として高く評価されている(ロス、『死後の真実』、39-40ページ, 163-165ページ)。

 ところが、1984年ヴァージニア洲ハイランド郡に広大な農場を購入し、シャンティ・ニラヤの本部をそこに置き、エイズの本格的援助に乗り出そうとしていた矢先、悪意ある反対者によって放火され、自宅は完全に消失、看板は銃弾の穴だらけになった(1994年)。かの女は息子の勧めで、現在アリゾナに住んで余生を送っている(ロス、『「死ぬ瞬間」と臨死体験』、283-292ページ参照)。和訳された著書には次のようなものがある。『死ぬ瞬間』原著1969年、『死ぬ瞬間の対話』原著1974年、『続・死ぬ瞬間』原著1975年、『死ぬ瞬間の子供たち』原著1981年、『新・死ぬ瞬間』原1983著年、『エイズ死ぬ瞬間』原著1987年、デレク・ギル著、『「死ぬ瞬間」の誕生』原著1980年、以上すべて読売新聞社発行。その他、『生命ある限り−生と死のドキュメント』産業図書、初版1982年、『生命尽くして』産業図書、原著1982年、『天使のおともだち』日本教文社、1982年、『死後の真実』日本教文社、1995年など。以上(同上書、167-171ページ参照)。また講演集としては、『「死ぬ瞬間」と臨死体験』読売新聞社、1997年がある。

 

Aレイモンド・ムーディーの『Life After Lif』

 バージニア大学と大学院で哲学を学び、1969年哲学博士号を取得、大学で3年ほど哲学を教えるが、そのとき死後の世界の体験談を初めて学生から耳にする。1972年バージニア医科大学に入学して医師になる決意をする。医学博士号を取得後、臨床医師として臨死体験を収集、分析分類、本書を発表した。原題は、“Life After Life - Reflections on Life After Life, the Light Beyond, 1975”(生命のあとの生命−かなたにおける生命のあとの生命および光についての反省)であって、和訳では、『かいまみた死後の世界』となり評論社から出版された。本書は、多くの臨床医を刺激して臨死体験研究の基礎を築くことになる。1976年ごろ、初めてエリザベス・キュブラー・ロス女史と会ったが、種々の共通点を見出だしたという。末期患者の精神的配慮とか、臨死報告を取り上げるようなことは、それ以前は全く未開拓であり未知の分野だったからだ。(ムーディ、『続・かいまみた死後の世界』、巻末の著者紹介より)。

 かれがVirginia Medical誌に発表した記事では、臨死体験には次のような7つの現象が伴う。1.雑音が聞こえる:ブーンという音、鈴音、轟音、金属音、ハチの飛ぶ音、振動音が聞こえる。2.トンネル:暗いトンネル、洞窟、井戸、渓谷、筒を通り抜ける3.肉体の外にいる:高い位置から自分の肉体を見下ろし、蘇生作業を目撃する。4.走馬灯的記憶:第三者的、しかも一瞬の同時的に、自分の生涯と出来事と、自分のしてきたことをフラッシュバック的に眺める。5.超俗性:他界した肉親に再会したり、白い光に包まれているように感じる。6.神秘的意識状態:言語に絶する知的な悟りを得るが、それには喜び、平和、万物一体感を伴う。7.余波効果:死にたいする不安が消え、生活態度が一新される(グレンソン&フリン、『臨死体験−生と死の境界で人は何を見るのか』、254-255ページ)。

 別の書では、○医師が自分の臨終を宣告するのが聞こえる。○白い光は生命であって、愛と温情にあふれる霊である。○来世と現世の分岐点に近付きながら、まだ死ねない自分を発見するが、戻りたくないから抵抗するが、結局自分の肉体に戻り蘇生する。○以上の体験を人に話すのは容易でないためと、人から嘲笑されたくないため、口外しない。などの補足がついている。(ムーディ、『続・かいまみた死後の世界』、10-11ページ)

 

B 臨死体験研究の歴史

 先駆的研究としては、K・オシスとE・ハランソン両博士による長年の米国インド両国での臨死体験研究が地盤になっている。主として霊姿 vision 体験の研究とデータの集計に力点が置かれており、いわゆる超心理学の領域に属するものである。

 1970代初頭の精神科医R・ノイエスをもって、臨死研究の出発とする。それは臨死体験を、超心理学の立場から医学の立場に転換した。しかも体験者との直接面談がデータ収集の主流に置かれるようになった。それと同時に、E・キュブラー・ロスの臨死体験報告が発表されたことは、大衆と学会の支持を得るために大いに力になった。

 1975年に、R・ムーディの『かいまみた死後の世界』の出版され、数か月で米国のベストセラー一位となり、ヨーロッパでも翻訳出版され、好意的に受け止められたが、これはロス女史の先駆的な仕事に負うている。前述した幾つかの共通パターンは、それ以後、臨床医たちの組織的研究で支持されたわけである。しかし科学的厳密性にはものたりないものがあった。1977年、科学的臨死現象研究協会の創設によって、臨死研究の第二幕が開幕した。それ以来、精神科医、心理学者、哲学者、宗教家などによる研究参加が見られるようになり、通俗的な来世譚から脱することができた。1981年には、IANDS国際臨死研究学会の設立され、2年で会員は700名に達し、その27%が医療関係の専門家である。それ以来専門誌の発行と、学会の開催が頻繁におこなわれるようになった。第二幕の閉幕には、心臓病専門医セイボムと世論調査の専門家ギャラップの発表がいちじるしい貢献を果たした。

 今後の発展予想:IANDSの海外支部設置と研究拡大にともなって、異文化間の研究が増加することは必須である。また盲人、囚人を対象にした研究ものぞまれる。エンドルフィンの要因について神経生理学的研究が期待されるとどうじに、余波効果の研究などについての研究が待たれる。(グレンソン&フリン、『臨死体験−生と死の境界で人は何を見るのか』、7-13ページ)

 

C日本におえける臨死研究

 日本では、ルポ・ライターの立花隆『宇宙からの帰還』(中央公論社、1984年)は、宇宙飛行士たちが宇宙で体験する意識についてのルポルタージュである。続いて立花隆訳による『バ−バラ・ハリスの「臨死体験」』(講談社、1993)。さらにそれに続く『臨死体験上下』、文芸春秋、1998年(初版1994)の影響力は甚大であったと言わざるを得ない。かれが集めた日本人の臨死経験データは不完全とはいえ、米国のそれと比較するのに非常に参考になる。ただ医学的な臨死データではなく、ほとんどが手紙などでの報告であるから、記憶違い、誇張、物好きなどの雑物が混入しているであろう。ただごく大ざっぱに言えることは、米国の臨床医による集計報告とは、文化的背景による相違が明らかである。さらにイントの臨死体験とも比較しているところから、文化人類学的な比較まで及んでいる。(立花、『臨死体験 下』、79-131ページ参照)

 比較文化の専門家で、臨死研究でも貢献しており、現京都大学助教授のカール・ベッカー博士は、日本における臨死研究に、精神医学や臨床医の参加が少ないのを嘆いている。日本文学には仏教の影響もあって、来世意識が豊富に表れ、臨死体験的叙述が散見でき、しかも来世の問題で、西欧世界に発言しなくてはならない時機に沈黙しているのは残念であるという。現在のアメリカでは、臨死体験に因んで、脳死は必ずしも死ではないという発言が無視出来なくなってきているだけでなく、さらに心と脳を分離する傾向が強くなってきているにもかかわらず、日本の学会は過去の西欧に固執し、日本古来の素朴な信仰を無視しているという(セイボム、『「あの世」からの帰還』、日本版序文参照)。

 

3. 臨死体験の意味づけ

 臨死体験でもっとも有意義な学習は、人には死後もつづく生命があると予想されることである。従来まで医学的・臨床的にまとめられたデータによると、臨死体験は、どのよう医学上のな実験科学的な推測や仮説にもあてはまらない。その最も顕著な医学的証明は、心臓外科医のM・セイボム博士の著書にある。かれは自らの病院とその患者を通してデータを集めた結果、この体験が従来まで多くの医師や専門家が予想していたものとまるで違うことを証明した。臨死体験は、エンドルフィンの放出、側頭葉発作、意識の変容のいずれでもない。また無意識や半意識状態から生まれたもので、意識的作り話でもない。自我感の喪失の結果でも、幻覚でもない。また夢とか事前の期待感からでも、薬物のよる妄想でもないという。かれの集めたデ−タからは、全く医学的だけで解釈できない本人のト−タルな体験であるという。例えば、自殺未完で蘇生した者の場合、臨死体験の結果、生命の大切さが深いレベルで納得させられる結果、再び自殺を希望したり試みたりする者が皆無に近い。もし何らかの脳だけの異常な作用の結果だけであれば、そして死後の世界が予想を絶して素晴らしいものであったら、再び自殺を試みる者が多くいても不思議ではない。しかし臨死体験者は、自殺が違法な行為であること、生命の尊厳をおかすものであることを身に染みて味わうという。

 また最も注目すべきことは、臨死体験の形而上的意味づけである。かれらの多くは、宇宙飛行士が経験したような地球人類の一員であることの誇りと感謝が湧いてくるという。これを宇宙意識とでも言えるであろうか。臨死体験と宇宙飛行士との意識の連関性、類似性を指摘したのは、評論家の立花隆氏であるが、かれは1960年代、月探検を行ったアポロ計画宇宙線の乗員たちに直接インタービューを行って、かれらのその後の意識の変革を証明している。それは宗教者であろうが、無宗教者であろうが、等しく持ち始める宇宙意識であるという。その代弁者として、無宗教者のR・シュワイカート氏は、これがエゴが消失する瞬間を経験することであり、人間という種にたいする義務感であるという。あるいはこれは、宗教者が経験する一種のメタノイア(改心)かも知れない(立花、『宇宙からの帰還』参照)。

 

 

   第3章  死生学の誕生と未来

 

1.死生学の誕生

 以上の「臨死研究」と歩調をあわせて出現したのが「死生学」がある。「臨死研究」は、死を半ば体験した人に共通するデータを集め分析・分類するのにたいし、「死生学」は、病院で臨床治療中の患者を念頭に、精神的支えをつくるための治療であり、その点ではホスピス・ケアと密接な関連がある。現在は、臨死研究と平行して、医学の世界でも市民権を獲得しつつある。英語では thanatology(死学)というが、ギリシャ語で「死」を意味する thanatos から生まれたもので、末期患者とその遺族の苦悩の軽減の研究である。近年看護学 nurseriesが普及しつつあるが、これも死生学的コースの内容を含むものとなりつつある。「死生学」は、その呼称さえ定着していないが、その割に需要度が高く、需要度が高いわりに、臨床的実践は日が浅いのが現状ではないか。

 西欧で医学的治療面で、死を直接対象としたのは、1960年代からである。まずは臨死体験研究でも貢献のある精神科医師のキュブラー・ロス女史の影響が強い。1963年、ロバート・フルトン教授が欧米で初めて「死の講座」を、ミネソタ大学社会学部で設立し、Death Education を普及させた。さらに1967年英国の医師ソンダース氏が、ロンドン郊外に末期癌患者のためにホスピスを建設したのが具体的始まりであるとされる(日野原、『命をみつめて』、163ページ)。日本ではホスピス運動と関係があり、淀川キリスト教病院内科医師の柏木哲夫氏が先駆的な活躍をした(同上書、161ページ)が、聖路加看護大学副学長の山本俊一氏によると、日本みおける死生学推進の端緒的役割を果たしたのは、聖路加看護大学の日野原重明教授と、上智大学のアルフォンス・デーケン教授であると記している(山本、『死生学のすすめ』、8ページ)。デーケン氏は、死生学という学問領域を、「Death Education 」の名で日本に普及させた。

 

2.死生学の方向づけ

 前述のように、死生学の用語さえまだ普及していない現在ではあるが、「死の準備教育」「ホスピス・ケア」「臨死患者のケア」「末期患者のケア」など、さまざまな呼称の中で、着々と推進されていく。それは医学、心理学、哲学、神学、宗教と非常に幅ひろい分野にわたるもので、精神治療的な知識と技術が要求される。さらに社会問題にもなった、脳死、人工的内臓移植、安楽死、死ぬ権利、尊厳死などとかかわり、今後の解決をまつ問題は多岐にわたっている。

 ある大学病院で看護婦たちにアンケートをとり、末期癌患者として病院で死を迎えたいか否かの質問に、イエスと答えた看護婦は一人もいなかったそうだ。理由は、@医療のやり過ぎ、A苦痛の緩和不足、B精神的支えの不足、C画一化された医療、この四つがあった(柏木、『生と死を支える』、221-222ページ)。恐らくは医師自身も、末期患者のような扱いをされることを望まないだろう。患者にたいし、人間らしい扱いが出来ない理由は一つしかない。やはり医療施設もカネとモノ優先で経営してきたからである。エリザベス・キュブラー・ロス女史の場合のように、一人の精神医の力が世界を動かすという例もあるため、積み重ね的な実践と発言が、世論を動かし、改善にむかう推進力になる。

 

3.臨死研究と死生学の共通点

 偶然の一致であるかのように、臨死研究と死生学は、両者とも末期患者の精神面に注目した。そして歩調をあわせるかのように、従来の医学だけでは片付かない事柄を問題として提供し、患者の要求にこたえ、世論の注目を浴びるようになった。さらに「生」に必然的に関わる「死」を問題とする。したがって人間そのものを、従来の医学より遥か以上の学問、たとえば、哲学、心理学、宗教などの力を借りて、ト−タルに見定めるようになった。これは人類の歴史にとって、一つの画期的な進歩を示すといえる。死はそのものを、その客観面と主観面の両者からとりあげたことは、かつてなかったからである。

 臨死研究で格別注目させられることは、臨死経験者の事後効果の問題があるが、それにともなって出現した、いわゆる形而上的課題は、死後の生命の継続問題である。つまり霊魂の離脱が事実だとすれば、人間の命にとって肉体は道具に過ぎず、人間の霊魂は肉体がなくても、それ自身として単独に生きられるような生命であるかどうかである。臨死経験の中に含まれる自己視経験は、まさしく肉眼ならざる霊眼の存在であって、従来の実証科学の対象から完全に外される。

 死生学にとっても、問題は一層深刻である。臨死体験者にとって、医師は単なる傍観者的立場でしかないが、死生学が扱うのは、死を目前にした患者の精神面での治療的配慮であるから、医師の一言一句は、そのまま患者の幸不幸につながる。したがって、医師の人生観、世界観、とくに死後の生命論は、末期的患者の運命を左右するものとなる。臨死体験者にとっては、みずからの体験はすべてであって、医師から何も教わる必要がない。しかし死生学者は、みずからの信念なくして患者を助けることができないのである。それでいま、次章から死後の生命論を扱うことにする。

 

 

  第4章 死後生命の否定と懐疑

 

1.科学と宗教の葛藤

 「神(超越者)は存在する」と「人間は死後も生きる」の二つは、宗教的命題として、あらゆるドグマの大前提になる。ただ近代から現代にかけて、科学万能時代の論理は、感覚を通して実証されたものだけを対象とする。そのため宗教的命題は、論理的に納得いかなくなる。

 西欧世界で、科学精神の土台を据えたのは、古代ギリシャの学者たちであった。現代でも通用する学術用語の多くがギリシャ語であることからもそれが分かる。西欧の哲学の基礎はそのころ出来上がった。ソクラテス、プラトン、アリストテレスは、神の存在も、死後の生命も信じていた。形而上学という言葉をつくったアリストテレスは、創造者としての神の存在は、原因の原因 causa causasrum であり、この第一原因 prima causa の存在は、理性の当然の要請であり帰結であるとする。ただしそのころから現代の実証主義の萌芽があった。つまり理性は感覚経験に触発されて、初めて動きだすという論理である。13世紀の神学者トマス・アクイナスは、アリストテレスの形而上学を下敷きにしたスコラ哲学を完成したが、神の存在証明の一つに、この第一原因説をとりいれている。

 17世紀以降、近代的科学精神が勃興にともなって、ガリレオやコペルニクスが唱えた新説に、キリスト教会が反対して、科学者たちを裁判にかけ断罪したと言う。通説では教会が科学の発達を阻害したとされているが、その点少なからぬ誤解がある。4世紀以来ローマ帝国はキリスト教を国教になった。当時の世界は、皇帝も庶民もことごとくキリスト教徒で、近代国家が成立した17世紀にも、キリスト教的学問の伝統には、揺るぎないものがあった。したがって当時の学問すべてを含め、科学精神も、キリスト教会の内部から起ったものである。その証拠には、ガリレオは修道院で教育された修道士志願者であったし、コペルニクスもカトリックの神父だったわけである。したがって教会が科学者を迫害し圧迫したとの主張には語弊があるわけで、教会の上層部が、教会の下層部にいる科学者を、迫害し圧迫したというのが真相である。

 キリスト教会なくしては、学問が存在しなかったのが当時の状況であった。それはちょうど、古い頭をした父親が、新進気鋭の息子の学説を受け入れなかったようなものであり、宗教が科学を圧迫したと考えると、誤解を生む恐れがある。当時の科学者はみな神を信じ、死後の命を信じて生きていた。

 ただし18世紀、大陸の合理主義に対抗する英国の経験主義に先導されて、科学で実証され得るものだけを真理とする風潮が強まった。これが近代唯物主義の発端である。この経験論にたいする反動がドイツ観念論であるが、残念ながらカントからフィヒテを経てヘーゲルにいたると、観念が宙に浮いたものとなった。その反動がマルキシズムで、ここに反宗教的無神論が生まれた。

 そのような無神論的唯物論は、実存哲学に受け継がれて、サルトルのような虚無主義を生んだ。さて二十世紀後半の現代では、マルキシズムも実存哲学も姿を消し、実証的科学精神を受け継いて、技術を武器にする科学者が、学会と世論をリードして今日にいたっている。

 以上をみても分かるように、現代では死後の生命を口にすると、非科学的な狂信主義か、オカルト主義と誤解されるおそれがある。そのためか、宗教者でさえあまり口にしなくなってきている。しかし一方では、実証的科学主義の独走が、倫理道徳や教育にひずみを生み、精神文化を疲弊させ、高次の合理主義と人類英知の発展を阻害していることは否めない事実である。現代の精神的貧困がそれを如実に物語っている。

 

2.死後生命への懐疑

 「東西の死」をテーマに、ハワイ大学で博士号を取得後、日本に来て天理大学や筑波大学で教え、さらに現在は京都大学で教えているカール・ベッカー氏は、日本の古典、たとえば『今昔物語』『宇治拾遺物語』『日本往生極楽記』のように、臨死体験を扱ったものが多いことを指摘する。そして日本人は古来「あの世」を信じて生きていたこと、それにもかかわらず、現在の日本医学界で、臨死体験のデータを集める専門医が皆無である理由を問うている。今こそ、西欧の臨床家が、日本から学ばなければならないときに、日本は西欧の唯物主義に汚染されたまま、立ち上がろうともしないと言う(セイボム、『あの世からの帰還』、日本版序文)。

 たしかに死後の生命を否定する医学界からの言い分もある。わが国では死後の世界というと、ただちに迷信と結びつく恐れがある。つまりは、幽霊の世界、恨みの世界、怨霊の世界である。科学的であるはずの医学に、妖術、占い、霊媒、呪術、死霊とのコンタクトなどが侵入すれば、科学が疑似宗教に汚染されることになる。日本では「宗教」というと、すぐ非科学的な迷信を連想させる。

 このような事実は、日本の一般大衆に、科学的合理精神が行き渡っていないためであろう。西欧の伝統的風土では、宗教の背後に、長年培われた神学や形而上学があり、医学の背後は、個人への畏敬や人権意識が控えているが、日本ではそれが欠如している。われわれ日本人の近代的科学的意識は、300年近い鎖国のあと、19世紀末急速に吸収してきたもので、まだ十分消化しきれていない。したがって理性的陶冶と、主体性の確立がないまま、西欧世界の先端科学を、少なくとも技術面だけでも模倣してきた。

 したがってわが国では、臨死体験を科学的に検証するまでには至らない。科学や医学の立場からは、死後の世界は「無」であるといっておけば、迷信や霊媒との関わりから切り離される。

 しかし数多くの日本人は、死後の命を暗黙裡に認めている。科学の対象にはならないとしても、死後、自分の存在が完全消滅するとは思えない。カール・ユングも言っているように、人はだれしも、自分自身の完全な消失を確信できない。日本人の多くは、科学精神と因習・迷信との狭間にあって、宙ぶらりんの状態である。肯定的になったり、否定的になったりする懐疑論者が、一番多いのはそのためではないだろうか。

 

 

    第5章  死後生命の肯定

 

 さて、それでは死後の生命を肯定する立場から、その根拠を論じてみる。

@ 欲求は満足を前提とする

 動物にも人間にも、食欲、性欲、支配欲などがある。ただ人間には動物にない知識欲がある。教養をたかめ、人間と世界を深く理解し、人間関係を円滑にし、社会の平和を築き、他人を尊敬し、自分も尊敬されたい欲求である。また人生を最後まで、人に役立ち、意義深く充実した内容で暮したい欲求もある。結局は、人生の最期をよい死で結びたいと思う。そこには自らの死が、完全消滅ではないという期待が奥深く宿っている。当然のことながら、すべて欲望は、それが充足されるために存在する。人生にとって、その最期ほど大切なときはない。最期を有終の美をもって飾りたいと思う欲求は、みずからの永続性を無意識のうちに認めている。よき一生とよき死への期待は、死後のいのちへの無言の期待でもある。これが満たされないなら、人間存在そのものが矛盾になる。もし完全消滅なら、最期をよい死で終わるか終わらないかなど、どちらでもいいことになる。

A 死者への崇敬は、死後の〈いのち〉を前提とする

 人類史には、ネアンデルタールの時代から、死者には墓があった。エジプトのピラミッドを見ても、仁徳天皇の御陵をみても、権力者の墓は人間全体の願いを象徴する。人類はその発祥から、つねに宗教があり、宗教にはかならず死者への畏敬と弔いがあり、巨大な墓を建てた。動物には死に場はあっても、個体を顕彰し記念とする墓はない。人間が動物と違う一線が、ここにはっきり敷かれる。死体を踏みにじることは、人間性の冒涜であると感じるのは当然のことと思う。動物の肉を食しても、人肉は食糧にしない。アンデス山脈に不時着した7人の乗員が、危機的な飢餓状態に迫められ、ついに死んだ同僚の肉を食したが、そのことでかれらは一生苦しむ思いをもったという。

B 人間の行為には、正義の決着が必要である

 昔から洋の東西を問わず、善には賞を、悪には罰という正義の報いが存在する。無実の罪は晴らされ、隠された罪悪はあかるみに出されるのが自然の理である。この世では、たびたび悪人が権力を得て、善人を圧迫し搾取する。弱者が泣き寝入りをすることが多い。もし神が存在するなら、死後の生命はかならず存在する。死後のがへの期待は、人間一人一人の神にたいする信仰が土台になる。どの民族にも、なんらかの宗教があり、超越者を信じる信仰があるなら、死後の〈いのち〉を信じるのは自然の理である。神も仏も存在しない場合だけ、人は死後の〈いのち〉を本気で否定する。

C 人間の霊魂は、動物の魂を超越し、それと決別する

 動物には魂があるが、霊魂はない。霊魂は人間にしかない。英語でも spirit, mind, heart, soul のどれも、人間にしかない。人間には言語があるが、動物にはない。人間には学校教育があるが、動物にはない。人間には科学的発明・発見があるが、動物にはない。人間には、数学、物理学、応用化学、鉱物学、天文学、古生物学があるが、動物にはない。人間には、コンピュ−タ−と宇宙探検があるが、動物にはない。人間には積み重ねの歴史と伝統があるが、動物にはない。人間には完成に向かう努力と発展があるが、動物にはない。人間には音楽・美術・芸術・建築・絵画があるが、動物にはない。人間には宗教心、信心、礼拝があるが、動物にはない。人間には超越者への祈りがあるが、動物にはない。人間には死者への崇敬があるが、動物にはない。人間には来世を思う心があるが、動物にはない。人間には見えないものを信じる心があるが、動物にはない。人間には倫理道徳があるが、動物にはない。人間には偉人、賢人、英雄がいるが、動物にはいない。人間には理性と自由意志があるが、動物にはない。

D 人間だけが神を知り、祈り、超越的なことを考える

 動物と違って、人間は見えないものを信じる。最高に見えないものは、宇宙とこの世界を創造した神である。人間は見えるものの背後にある見えない原因を追究する。五感に触れなくても、理性でもって、その存在を推理判断し、肯定的な行動をとることができる。だから神の存在を認め、信じ、礼拝するし、神が死後の世界をも創造したと信じる。ユダヤ人であったV・フランクルが、食糧が極端に欠乏している強制労働所の中でも、他人のために一片のパンをゆずり渡す人を見たという。また同じくユダヤ人で、日本にも宣教師として働きていたコルベ神父は、ある男の身代わりを志願して、飢餓室に送られた。このようなことは、通常の人間の能力を超越するもので、神への祈りと神からの助けなくしては出来ない。これは死後のいのちを信じる信仰が,空虚な願いでない証拠になる。

 

 

第6章  タブーからの脱出

 

1.肯定論の実り

 臨死研究の先駆者たちは、死後の〈いのち〉を暗黙の中に肯定する。キュブラ−・ロス女史は、精神医として長年臨床的治療にたずさわったが、かの女にとって、死後の生命は不動の確信になっている。かの女は繰り返し、繭と蝶のたとえももってくる。人間の死は、繭が蝶になって、解放されることであるという。自分は来世を信じているのでなく、むしろその存在を「知っている」とまで言う。『かいまみた死後の世界』の著者レイモンド・ム−ディ−博士は、臨床的データ集めと分析で、死後の〈いのち〉を証明したとは言わないが、読者は強い確信に導かれる。ベスト・セラ−になったかれの書物を、『〈いのち〉の後の〈いのち〉 LifeAfter Life』と題し、死後の〈いのち〉の実在を、読者の心に投げかけている。心臓外科医のM・セーボム博士は、臨死体験者は、臨死との出会いがあったわけで、死そのものと出会ったわけではないと、医者としての一線を引きながらも、圧倒的な数のデータに出会って、肯定的にならざるを得ない姿勢を示している。今世紀最大の心理学者といわれうカール・ユング博士は、みずから臨死を体験しており、自分を蘇生させた医師に激しい抵抗を感じ、この世でもう一度生きる決意を固めるのに、三週間以上かかったと言う。

 たしかに臨死を体験し、来世を垣間見た者は、死後の〈いのち〉が実証されたことになる。ただし臨死を観察する研究者は、かれらの言辞を聞いて推理判断する。臨死を経験し、死後のいのちを垣間見、この世に蘇生した者の発言が、首尾一貫した整合性をもつとき、死後のいのちを信じないのは非論理的になる。なぜなら、われわれは通常、体験者の報告を素直に信じて生きているからである。みずからの体験がなくても、新聞記者の報道を信じ、旅行者や冒険家が記した日記を信じ、科学者の実験結果を信じる。すべての学問、真理の探求、情報の収集は、すべて信じることに成り立つ。したがって、臨死体験者の整合性のある体験談を信じないのは、非合理ではなかろうか。

 

2.肯定論の長所

 肯定論の立場で、死と対決してみる。するとどんな結果を生むであろうか。医学があくまで実証科学であり、実証されなければ科学的真理として承認しないとしても、ここに臨床的な現実の実証があれば、肯定論は十分成り立つ。

@ 看取りにおける効果−臨終の苦しみを乗り越える力になる

 同じ苦しみでも、報われる苦しみなら堪えやすい。母親に陣痛の苦しみがあっても、わが子の誕生を期待するとき、苦しみは軽減される。それと同じく、死を新生への陣痛と信じる者には、苦痛は〈よろこび〉の出発点となる。死の不安におののく末期患者を、どんな言葉で慰めればよいか。哲学者が5人集まって相談した結果、「生き残るわたしの幸せを許してください」がせめてもの結論であったという(柏木、『生と死を支える』、145-146ページ)。もちろん5人は死後の生命を信じていなかった。死後の生命を信じていれば、「わたしも後から参ります。いずれ次の世界でお会いしましょう」と口からでてくる。死を目前にする患者にとって、前者は何の励ましにもならないが、後者の一言には慰められる。信じることが生み出す実践的実りである。

A希望をいだかせる−自己消滅への恐怖からの解放

 科学は来世の「非存在」を証明しているわけではない。自宅に電話して応答がなかったとしても、自宅にはだれもいない証明にはならない。神や来世の存在を科学的に証明できないからと言って、神や来世が存在しないことを証明したわけではない。ましてや臨死体験の報告は、その「存在」を強力にバックアップしている。否定や消滅は恐怖を生むが、肯定することで希望が生まれる。死は、死刑なのか移転なのか?前者であれば、痛切な恐怖と戦慄を感じさせるが、後者であれば、希望を抱かせる。人の住んでいる家が火事になるのと、人の住んでいない家が火事になるのとを比較しても分かる。肉体という家が焼かれるにしても、住人があの世に移転した後なら、何の苦痛もない。しかし、あの世が存在しない住人にとっては、焼き捨てられるような感じになる。

B この世からの脱却を助ける−この世への執着を失わせる

 大学への入学許可があれば、受験勉強はもういらない。来世を期待する者にとって、現世の執着はない。カネ、モノ、地位、名誉、特権への執着はなくなる。死ぬ直前まで、自分の財産や預金通帳に執着している人を見ると、だれしも醜いと思わないだろうか。醜いのは、誤った考え方や曲がった心をもっているからである。この世だけの〈いのち〉とする考えは誤っている。だからこそ、醜い考えを生むのである。

C 人間性の完成

 人間本来の目的が、未完であっても、来世にそれを委託できる。人は一生かけても未完成である。それだけでなく、未決・未完の案件、作品、課題はだれにでもある。これもこの世だけの人生であれば、未練もひとしおであろう。しかし、来世を信じる者は、完成できるチャンスが与えられるのを知る。また仲良しの夫婦にとって、死は心の絆を断ち切るものにはならない。むしろいつまでもいっしょにいたいと思う。そこには永遠の愛を約束した結婚式が、いつまでも続く。二人は二人でなく一体であるという聖書の言葉が成就する(マタイ福音書19・5)。

D 感謝−死は人生の卒業式である。

 黒は悲しみを、白は喜びをあらわす。卒業式に喪服を着る人はいない。人生の卒業式を悲しむだけでは、希望をもって死んだ本人にそぐわない。遺族が自分たちが残されたことだけを悲しむとしたら、去っていった人を苦しめることになる。一生への反省と、周囲の人への感謝・愛情を抱かせ、再会を約束させることは、どれほどの喜びをもたらすか。死はタブーではなく、明確な意味をもつ旅立ちである。自分の過去を反省し、与えられた恩恵を周囲に感謝し、やがての再会を約束する幸せな別離になる。

 

 

        結  語

 

 死後の〈いのち〉を肯定する立場から、以上のような論理を展開したが、これで死後の生命を、従来の意味で科学的に実証できたわけではない。死後の生命の存在や霊魂の不滅は、哲学的な意味で合理的に説明できても、実証科学的には証明されない。科学的な思考法に慣れてしまっている現代人は、形而上的な論理には納得いかないものである。 ドイツの哲学者カントは、神の存在や死後の生命は証明できないが、実践理性の要請であると言った。かれは純粋理性と実践理性とを分けて、緻密な思考を進めた。ただ人間に二つの理性があるわけでなく、理性は一つである。それにもかかわらず、ある人にとって自明の理のような神の存在や霊魂の不滅が、ある人には堪え難い論理の飛躍になる。それはなぜか。

 それは人間理性の思考を操るのは、理性そのものでなく、理性を先導する意志だからである。理性は照らし、意志は引っ張る。そして理性は、意志が引っ張る方向にライトを照らす。だから人間はみな、理性の働きにおいて共通していても、意志の先導の仕方が千差万別で、そのため意見が別れる。数学者や物理学者の理論展開には、対象が無機的な数の世界に限定されているため、理性は同質の数的世界を対象にし、意志の先導に思惑や感情が介入しない。したがって求める真理は単一化し、意見の統一は簡単に得られる。それが社会科学になると、対象が一層広範囲になるから、それだけ議論が別れる。さらに哲学になると、有という有すべてを対象にするだけでなく、感情も意志も含めた人間全体が投入されて思考するから、人それぞれ顔が違うように、意見が別れる。

 ただ霊魂の永生の問題、換言すれば「死後の命の存続」あるいは「霊魂の不滅」についは、回答が肯定か否定かのいずれかしかない。(懐疑は、回答の保留ということで回答とは言えない)。そして、肯定にしても否定にしても、物理学のように実証によってその理論を正当化するすべがないから、理性にとって明晰判明で、疑問の余地のない回答とは言えない。

 ただここで、明確な結論をだすとすれば、それは以下の三つに絞られる。

 第一には、科学的に実証できないことは、科学的思考判断の対象から外されるということである。つまり否定も肯定も出来ないという意味であり、「否定」に決着するわけではない。だから科学では、霊魂の永生は不問に付するということになる。

 第二は、それでは科学的思考以外の思考ではどうか。前述してきたが、ごく素朴な合理主義哲学では肯定である。霊魂の不滅はプラトンの『パイドン』以来、アリストテレスの形而上学を経て、中世期の哲学はすべてそれを支持してきた。近代に入ってデカルトも懐疑から始まったが結論としてはそれを肯定し、カントも要請としてそれを肯定した。またキリスト教だけでなく、宗教はすべて肯定的に捉えている。そして先史時代から現代にいたるまで、死者を弔い、墓を建てるのは、人間本来の信仰と願望がそうさせている。そして人間本性から生まれるそのような信仰や願望は、自然の理から見ても裏切られないと考えるほうが矛盾がない。

 第三は、死を目前にした人間にとって、死後の永生ほど強い願望はない。つまりは「死にたくない」のである。ここで人が霊肉ともども埋葬か焼却によって存在を失うのと、肉は死んでも霊は残り、来世で復活すると信じるのでは、雲泥の差がある。もし死に行く人の最大の慰めが死後の命だとすれば、死を迎える者に、死後の命を確信させることは、同じ人間としての遺族にとって、最大の義務であり責任ではないだろうか。

 以上のように、否定より肯定のほうに、自然の理にたいする信頼と希望があり、さらに死に行く人間にたいする愛がある。それにたいし否定は、自己破滅を宣言することである。そこには諦観と絶望、非人道的な冷酷さが見られるが、そのような思考と判断が同じ人間の一生を飾る最終的段階で許されるはずはないのである。

 

 

参 考 図 書

 

 アリエス、フィリップ、成瀬駒男訳、『死を前にした人間』、みすず書房、1997年(初版1990)(原著:Aries, Philippe, l'Homme Devant La Mort, Editions du Seuil, Paris, 1997 )。

 

 ベッカー・カール他、『潔く死ぬために 臨死学入門』、春秋社、1995年。

 

 グレイソン,ブルース/フリン,チャールズ・P.『臨死体験 − 生と死との境界で人はなにを見るのか』、春秋社、1994年(原著:Greyson,M.D., Bruce & Flynn,Ph.D.,Charles P.,The Near-Death Experience, Charles C. Thomas Publisher,l984)。

 

 ハリス,バーバラ/バスコム,ライオネル著、立花隆訳、『バ−バラ・ハリスの「臨死体験」』講談社、1993(原著:Harris, Barbara & Bascom Lionel C.,Full Circle, Pocket Books, l990)。

 

 日野原重明、『命をみつめて』、岩波書店、1991年。

 

 IANDS, Vital Signs, Vol.17, No.l, Winter l998, P.O.Box 502, East Windsor Hill, CT 06028, U.S.A.

 

 柏木哲夫、『生と死を支える−ホスピス・ケアの実践』、1992年(初版1987)。

 

 ムーディ・Jr.,レイモンド・A、中山義之訳、『かいまみた死後の世界』、評論社、1979(初版1977)(原著:Moody, Jr.M.D., Raymond, Life After Life - Reflections on Life After Life,The Light Beyond, Bantam Bks・N Y, 1988(初版l976) 。

 

 ムーディ・Jr.,レイモンド・A、駒谷昭子訳、『続・かいまみた死後の世界』、1998年(初版1989)(原著:Moody, Jr.M.D., Raymond, Reflections on Life After Life, Sobel Weber Associates Inc.,N.Y.,l977) 。

 

 ロス、E・キュ−ブラ−、鈴木晶訳、『「死ぬ瞬間」と臨死体験』、読売新聞社、1998年(初版1997)(原著:Kubler-Ross, Elizabeth, Death is of Vital Importance, Station Hill)。

 

 ロス、E・キュ−ブラ−、秋山剛・早川東作訳、『新・死ぬ瞬間』、読売新聞社、1985年(原著:Kubler-Ross, Elizabeth, On Children and Death, Macmillan, l983)。

 

 ロス、E・キュ−ブラ−、伊藤ちぐさ訳、『死後の真実』、日本教文社、1998年(初版1995)(原著:Kubler-Ross, Elizabeth, On Life After Death, Barbara Hogenson Agency, l991)。

 

 セイボム,マイクル・B著、笠原敏男訳、『「あの世」からの帰還 − 臨死体験の医学的研究』、日本教文社、1992年(初版1986)(原著: Sabom, Michael B., Recollections of Death, Harper & Row: New York)。

 

 立花隆、『臨死体験上』、文芸春秋、1998年(初版1994)。

 

 立花隆、『臨死体験下』、文芸春秋、1998年(初版1994)。

 

 立花隆、『宇宙からの帰還』、中央公論社、1984年。

 

 ホワイト,ジョン、石井朝子訳、『死と友になる』、春秋社、1990年(原著:White, John W. A Practical Guide to Death and Dying )。

 

 山本俊一、『死生学のすすめ』、医学書院、1992年。

 

 山本俊一、『死生学−他者の死と自己の死』、医学書院、1996年。