仏教とキリスト教の来世観の比較

 日本は仏教国の一つだと言われる。また神道の国だとも言われる。あるいは神仏混淆の国でもある。それ以外に、和漢混在、和洋折衷の国であり、和魂洋才の国でもある。そのように宗教的・思想的には割に大ざっぱであり、曖昧であり、日和見的であるが、こと祖先崇拝にかんしては、古来の伝統的意識を受け継いでおり、死者の霊を丁重にあの世に送る。

 人間は死んだ後どうなるか。正確な統計はないが、筆者の尋ね聞いた範囲で推測すると、死後は生きてあの世で暮らすという人が三分の一、死んだらすべてが終りで無になるという人が三分の一、残りの三分の一が半信半疑の不可知論者ではなかろうか。キリスト教の来世観、天国と地獄の存在は、キリスト教人口が少ない事実と、それが非科学的印象を与えるため、日本人全体に大きな影響を与えてはいない。仏教は現在、葬式宗教といわれながら、本来は霊魂の不滅を謳っていないため、西欧古代の哲学で擁護されたような論証がない。死霊の存続は民族信仰に属するもので、呪術的要素が強い。

 それにもかかわらず、「死」のテーマは古今東西、人々の関心を買う。死のない生はないし、生のない死もない。現代の日本のように老齢化社会になってくると、死と対面して生きている人の層も必然的に殖えてくる。また「末期は自宅で」というケ−スが増せば、死との対面は家族全体にも及んでくる。これは死者を見送る家族、とくに子供たちにとって、死への関心を引き起こす絶好のチャンスになる。

 世界は狭くなってきているというが、日本人はまだアジアの国々の一般庶民に十分眼を注いでいない。世界人口は60億を突破し、日本はその中で50分の一以下の人口しかないが、テレビのドキュメンタリ−で見ることはあっても、世界の国々がどのような宗教的意識で日常を送っているかにあまり関心がない。

 隣国の韓国では、現大統領を初めとし40パ−セントがキリスト教徒で、軍隊には従軍牧師が配属されている。大陸の中国はいまだに共産圏にありながら、日本の10倍のキリスト教徒がいて、日曜のミサには民衆が会堂にあふれる。1  フィリピンは99パ−セントがカトリックで、日本人シスタ−たちも多く働いている。チベットは大乗仏教のいわゆるラマ教の国である。ラサ修道院の影響力は甚大で、その山岳地には地球の秘境と言われる仏教的宗主国がある。ミヤンマ−、タイ、スリランカには、民衆の心に上座仏教の伝統と儀礼が根強く残り、日常を動かしている。その他カンボジア、ラオス、ベトナム、マレ−シア、インドネシアなど、ヒンズ−とイスラムの混在地に仏教徒が散在する。インドはヒンズ−教徒、パキスタンはイスラム教徒の国で、南太平洋の島々は、英米蘭各国の影響でキリスト教徒が多い。

 人間には生死がある以上、宗教が存在し、宗教があるところには死後の世界への信仰がある。ここでは世界宗教といわれる仏教とキリスト教の来世観を取り上げてみる。地球人類の宗教分布からみると、仏教はキリスト教の6分の1に過ぎないが、国内の宗教分布ではキリスト教は仏教の100 分の1しかない。2  それにもかかわらず、西欧の文明が日本に与えた影響が甚大であるなら、その背後にある精神的伝統が影響力をもたないはずはない。つまりキリスト教の来世観は一顧に値するものである。

 さて、この小論文では、最初仏教とくにゴ−ダマ・ブッダの来世観を一瞥し、その後、キリスト教の来世観を眺め、そのあと両者を比較し、最後に私論として、全人類にとって、どのような未来像をもつべきかを検討してみたい。

 

第1章

仏教とその来世観

1.ゴ−ダマ・ブッダの生涯と教え

 ブッダの教えには、バラモンの宗教的流れが色濃くでている。それは「業と解脱」の思想である。3  生への執着が苦の原因であるとすると、この執着を断つことによって、執着から生まれる苦の克服が可能になる。解脱とか涅槃はそれで、みずから執着から解放され自由になることであり、それこそあらゆる修行の目的になる。

 このような小論では膨大な仏教論は展開できない。ただエッセンスだけでも取り上げてみるなら、ブッダの教えこそ仏教の原点であるから、原始仏典を掘り起こすしかない。そしてブッダの一生とその教えに焦点を絞らねばなるまい。ブッダには自筆の著書がない。教えは弟子たちの口伝を記録したものかその再録である。当時のブッダの日常語はマガタ国の言語であったらしいが、その記録は存在しない。西暦紀元前3世紀のアショカ王の時代、王が伝道のため仏典をたずさえ南方に流布させたもの、つまりはパ−リ語原典が最古のものとして残っている。4  後代のサンスクリット原典や漢訳原典より、このパ−リ語原典を優先させたほうが、ブッダの口ずからの言葉としては信憑性が高いはずである。したがって、大乗仏教の漢訳仏典や、日本での仏教諸派の教えはさておいて、上座仏教のほうに焦点をあててみる。

 ブッダ自身は書物を読んで学び悟ったのでなく、自らの修行つまり体ですべてを学んだ。したがってわれわれが日頃学ぶ姿勢とは非常に趣を異にする。苦しみ、悩み、行じ、瞑想した結果生まれた悟りである。それは雪積のヒマラヤ登山に命をかけて挑戦した登山家と、地図を見、写真帳を眺めて、登山を追体験しようという虫のいい登山愛好家とのあいだの違いになる。ブッダの悟りについては、その一片も味わうことは出来ないかも知れないが、それにもかかわらず、追体験らしいものに少しでも接近して、心の糧に供することは出来るのではないか。

 

2.四聖諦と八正道について

 ダンマパダの中でブッダが次のように言っている。「もろもろの道のうちでは〈八つの部分よりなる正しい道〉が最もすぐれている。もろもろの真理のうちでは〈四つの句〉(=四諦)が最もすぐれている。もろもろの徳のうちでは〈情欲を離れること〉が最もすぐれている。人々のうちでは〈眼ある人〉(=ブッダ)が最もすぐれている」と。5  したがって、八正道と四聖諦から仏道を眺めてみる。聖諦とは次の四つである。苦聖諦(人生は苦である)、苦集聖諦(その苦を引き起こす原因をつきとめる必要がある)、苦滅聖諦(その原因を消滅させなくてはならない)、苦滅道聖諦(その原因を消滅させるため、適当な方法をとらねばならない)。6

 ここでブッダが指摘する苦は、戦争、飢餓、貧困、疾病、差別、犯罪、思想的混迷のようなものではなかった。かれの日常はむしろ現世的には幸福に囲まれていた。領主の長男として生まれ、衣食住に事欠くことはなく、快楽、名誉、財産はすべてその手中にあった。それにもかかわらず、若年のブッダは、生・病・老・死を一連の「苦」として実感した。かれの生来の鋭敏な感受性が、日常の些細な出来事に、苦を実感させたのであろう。畑の虫を啄む鳥を見、その鳥を空中で襲う猛禽を見て、恐怖におののいたとある。宮廷の門前を行く病人、老人、死人の姿は、凡人の想像を絶する恐怖感をブッダに与えたに違いない。7  中国の古事に「歓楽極まりて、哀情多し」(漢武帝秋風の辞)というのがあるが、かれの日常が歓楽に満ちたものであれば、それだけ哀愁も深くなる。結婚して一子をもうけながら29歳で出家したのを見ても、当時のバラモン的習慣から見て早熟だったことは間違いない。子供の成長をみとどけ、家族の生活の安定を確かめたあと、出家するのが当時の習慣であった。8

 ブッダの6年間の修行には、当初極端な断食が含まれていた。ブッダはそのような荒行を反省中止し、体調をととのえて禅定にはいり、やがて悟りを得ることになる。それはブッダガヤ−での悟りであり、解脱であり、涅槃入りである。9  その体験がブッダの全生涯の指針、卓越した説法の源泉になっている。ただその悟りがどのようなものだったか、凡人が百万言を費やしても表現できまい。ましてや修行によって追体験を試みるでもない俗人の伺い知るところではない。ただすべての執着が苦を生むものであるから、その執着の根元を断ち切らねばならないという論法は、ある程度納得のいくものである。執着というと、肉親妻子への愛、異性への愛、美食、美味への愛、華美享楽への愛、財産名誉への愛、現世的権力への愛がある。それを全部断ち切るということは、勇気と英断と不断の戦いがある。それを戦いとるための方法を八つ示している。それを八正道という。「正見、正思、正語、正業、正命、正精進、正念、正定」である。10

 おそらくブッダ自身がこれを口にすれば、教えること多く、学ぶことも多いはずであろう。筆者としては仏道に精進した経験がない。ただカトリックの修道会に6年間在籍していた関係上、以上のような修行について、私見を述べることを許していただきたい。 「正見」つまり正しく見るとは、肉眼で見るより、霊の眼で見ることを意味する。心の眼で見る。凡人には偏見、邪推、曲解、こじつけ、誇張が多い。「ある」ものを「ある」と見、「ない」ものは「ない」と見るのが正見であろう。「正思」は思情でなく思考のこと、正しく考えること、正しく推理し、判断することではないか。欲情に左右されず、偏見をもたず、私欲に引っ張られず、依怙贔屓せず、推理判断に中庸と客観性をもたせ、普遍妥当的なものを求める。正しい思考が正しい判断につながる。「正語」は言葉において誤りがないことで、これは人間として成熟している証拠になる。嘘、誇張、デマ、陰口、噂話は口にしない。誤った思いを言語に放出すると、一人歩きすることが多い。また言語化は考えの習性化につながる。言葉をつつしむことは、行いを慎む第一歩である。「正業」は、日常の起居動作を正しくする。これは人間改革にも匹敵する大業である。凡人は無批判的に常識にしたがって行うが、修行者はつねに自分を顧み、反省しながら、過ちのない生活態度を送ろうとする。「正命」以降の四つは出家者が志すところであろう。生活そのものを仏道化すること。日常の起居動作すべてが悟りと解脱、涅槃に向かって集中化する。「正精進」は中道を守る。極端に走らない。ミエ、キコエ、風評、噂に左右されないで、自分の与えられた道に精進する。努力を怠らないこと。「正念」は悟りにいたる心構えであろう。つまりいつも禅定に入れる態勢をつくっておくこと。精神の安定と集中、落ち着きと安らぎを得るようにする。「正定」正しく禅定にはいる。呼吸をととのえ、体勢を調節し、半眼にして思念を押さえる。もろもろのサンスカーラ無常であるからこそ、あれやこれやと思念をもて遊ぶ誘惑を脱して、みずからの存在の奥にある「空」と「無常」に気づく必要がある。これで悟りに入る準備はできたといえよう。

 

3.ゴ−ダマ・ブッダの来世観

 有名な毒矢の例えにもあるが、ブッダは形而上学的な議論は避けた。11 世界の存続にあたり、時間や空間は有限か無限か、生命と肉体は一体か分離するか、人は死後、存続するかしないかなどに応えることを拒否した。毒矢が当たって半死半生の人を前にして、矢の飛んで来た方向を尋ね、さらに矢の種類や色や形、毒の種類や効力など調べてから抜くであろうか、そのようなことはしない。すぐ抜かねば死んでしまう。それと同様、仏道に精進する者は、形而上学的議論に耽ってはならない。つまりすぐ毒矢を抜いて執着から離れないと、議論しているあいだに死んでしまう。

 ここにある種の英知が込められているのを薄々感じることができる。思考し、推理し、議論を重ねることで、解決にいたるものもあるが、そのような思考、推理、議論の対象にならないものがある。それが死後の生命であり、あの世の存在、場所、期間などである。ちょうど海の魚が陸地の生活を夢見て、想像するのに似ている。陸地には呼吸するための十分の水があるだろうか、陸地には岩陰のように休めるところがあるかなど、およそ見当違いの発想で考える。それと同様、現在地上に生きている人間にとって、死後の世界の場所や期間を想像することも不可能に近い。ブッダはそれに応えなかった。

 ただ地獄はどのくらいの広さでどこにあり、極楽はどのくらいの広さでどこにあるかなど後代の仏典にある。大乗仏教では須弥山の宇宙観があるが、これがブッダの口から出たものであろうか。12

 仏典に研究者にとって厄介なことは、原始仏典にはブッダの遊行や説法の年代がまったく不明確なことである。13 いつごろ、どこでという記録がない。当時の世界観では、教えが重要なので、時代や場所はほとんど無視されている。時代を超越した何ものかによって支配されていたと考える以外にはない。これは極めて感覚的具体的にものごとを考える日本人には理解できない発想である。ネパ−ルやインドの人が抽象的で哲学的に考えるのと、はっきりしたコントラストがある。

 ブッダが来世を信じなかったわけではない。輪廻を信じていたし、地獄や天人の世界、涅槃の世界、極楽浄土を信じていたが、それを宇宙のある特定の場所や時間の経過とともに存続する来世としては捕らえていなかったのではないか。形而上学的議論を避けたのは、そのように時空の制約をもつ来世観から、弟子たちを解放したかったからではないか。ブッダの最期を読んでも、それが感じられる。かれは来世に旅立つとか、あの世で待っているとか、阿弥陀如来が迎えに来るなどについては、何一つ口にしない。ただ今現在の生活で精一杯努力するように勧める。その点、『往生要集』を記した源信の生き方と対比できるのではないか。14

 あの世があるかないか、あればどのような様子か、自分は極楽の往生できるか、輪廻転生でこの世にもどってくるか。あるいは修羅、餓鬼、地獄の鬼に化生するかなどについて、もしわれわれ凡人が考えるとしたら、おそらくはブッダの教えから逸脱しているのかも知れない。ブッダという人は、長距離のマラソン・ランナ−のようにひたすら走った。途中で脱落する可能性は考慮しなかった。ただひたすら解脱に向かって死ぬまでは走り続け、走りつつ息絶えた。かれの目標はダルマに生きる以外にはなかった。愛弟子のア−ナンダが「師の亡き後、だれに頼って生きていけばいいのですか」と尋ねたところ、ブッダは、「理法(ダルマ)に従って生きなさい」と、それ以上のことも、それ以下のことも言っていない。15 つまりは人間に頼って生きるのではないのである。

 仏教の来世観を述べるとしたら、これが一番難しいところである。ブッダにとっては、天界も地獄も、あるいは極楽浄土さえ、修行それ自身に比べれば価値は劣る。修行がすべてとばかり涅槃に入ったあとですら浄土で修行は続くのである。16 これを筆者なりに解釈すると、ブッダという人は、報われるために修行したのではなかった。報いが目的化するなら修行は手段化する。それは修行の価値を貶めることになる。例えていえば、親に孝養を尽くす人間がいて、その孝養が純粋であればあるほど、報われるために孝養を尽くすのでなく、親の幸福を唯一の目標にする。親の幸福には際限がないから、もう終わりということはない。ある程度の幸福を達成させたあと、今度は自分が報われる番だとも思わない。理法に従って生きたゴ−ダマ・ブッダも、それに似ている。理法を尊び、その遵守を熱願すれば、それだけが目的になる。だから日夜営々として目標にむかって歩くのみが生きることなのである。

 もしゴ−ダマ・ブッダが偉大なる宗教者であるとするなら、このような姿を最期まで保ったのではないかと推測する。仏典の中には、後代に記した著者の誇張や思い入れが混入しているため、ブッダの偉大さを不必要に減少させてしまう。大乗涅槃経の最初にあるが、ブッダの最期のとき、「数十万の弟子に囲まれ、眉間の白毫から光を放ち、その光が宇宙に存在する無限の仏国土すべてを照らしだした」といった記述には、さほどの信憑性を持てない。17 しかし旅の疲れで横になり、ア−ナンダに向かって、渇きを訴え、水を所望する声には、修行者としての滲み出るような真摯さを感じさせる。18 これは筆者だけの思い入れであろうか。

 

 

第2章

キリスト教とその来世観

1.神と来世

 キリスト教の来世観の特徴とその根拠を尋ねてみるとき、われわれは必然的に、神の存在への信仰に逢着する。旧約聖書の神は、生ける神であって、死者の神ではないとキリストは言われる(マタイ22・32)。モ−セがイスラエルの民を率いてエジプトを脱するとき、「民があなたの名前を尋ねたとき、どう応えたらよいでしょうか」と問うたとき、「わたしはありてある者である」との応えがあった(出エジプト3・14)。これはヘブル語では、「エィエ・アシェル・エィエ」と言うが、わたしは存在を引き起こす力のある者という意味がある。それは全知全能の創造神で、他に類のない唯一の神であるという意味になる。新約時代には、その唯一の神がイエス・キリストによって一層鮮明になる。それは父なる神であって、心を尽くし、精神を尽くし、力を尽くして、愛さなくてはならない神である(申命6・5)。そしてその神がおん子であるご自分を遣わしたとイエスは宣言する(ヨハネ17・3、8、18-25)。

 キリスト教徒にとって来世への信仰は、人が死んだら愛する父のみ国に入れるという信仰である(マタイ13・43)。神が見えないように、死後の生命は目には見えない。イエスは再三、「わたしを信じる者は死んでも生きる」(ヨハネ11・25)、「わたしを信じる者には永遠の命がある」(同6・40)、「わたしは復活であり命である」(同11・25)と言われた。そして旧約のモ−セ以上に、創造主なる神を鮮明に描きだし、それをイスラエルの民に示した。そして最終的には、「わたしと父とは一つである」(同17・11)、「わたしを見る者は父を見る」(同14・9)と言われた。さらに「天においても地においても、いっさいの権能がわたしに与えられた」(マタイ28・18)との最終宣言もある。

 以上から見ても分かるように、キリスト教信仰の最大特徴は、唯一の神への信仰であり、死後の生命への信仰である。そして神の存在と来世の存在の二つは、不即不離の関係にあり、神を信じながら、来世を信じないことはないし、来世を信じながら、神の存在を信じないこともない。両者への信仰は1本であると言ったほうがいい。

 神も、死後の生命も、五感では捕えられないが、信仰に導かれた理性が納得するだけの根拠はある。それはちょうど人間の肉体は水の重力よりも軽いという物理法則を信じていれば実際に浮くし、それを信じていなければ、恐怖心から意識的に重力が増して、実際に沈むようなものである。万物の始めを引き起こした創造主が存在するとか、人間の死後に霊魂が残ると信じることは、さほど困難なことではない。むしろ神も来世もないと信じるより、いっそう理性の要請に応えるものである。カントはこれを実践理性の要請といった。19

 

2. 戒律とその意味

 さて、それでは神を信じ、来世を信じるなら、キリスト教徒になれるか。もちろんそれは前提になるが、キリスト教のすべてではない。キリスト教には、伝来の使徒信条というのがあり、神と来世への信仰はその一部に過ぎない。使徒信条には、「われは天地の創造主、全能の父なる神を信じ」から始まり、最後のほうで「からだの復活、永遠のいのちを信じます」とある。20 ただキリスト教は信仰箇条を信じればいいというのでなく、それに加えて自分の人生を教えに沿って整えていかねばならない。それが戒律で旧約聖書の中ではモ−セの十戒で表される。要約したものをかかげると次のようになる。

第1戒 主なる神以外のものを神にしてはならない。第2戒 偶像礼拝をしてはならない。第3戒 安息日を守りなさい。第4戒 父と母を敬いなさい。第5戒 殺してはならない。第6戒 姦淫してはならない。第7戒 盗んではならない。第8戒 偽証してはならない。第9戒 貪ってはならない。第10戒 人のものを欲しがってはならない(出エジプト20・1-17)。

 イスラム教は、旧約聖書の十戒だけでなくコ−ランがあり、戒律の宗教といわれるくらい戒律が厳しい。ヒンズ−教にも仏教にも戒律がある。上座仏教の国では、男子の比丘には227、女子の比丘尼には227 の戒律があるという。21 世界の諸宗教の中で戒律のない宗教は後進地域の土着信仰を除けば、神道くらいかも知れない。アジアの民族についての統計一覧によると、アジア諸国民の中で、戒律を一番嫌う国民は日本人だというデ−タがある。22 仏教国といわれる日本で、仏教にも戒律があるのをを知っている者が何パ−セントいるであろうか。

 以上の十戒にたいして、仏教には、不殺生戒、不邪淫戒、不偸盗戒、不妄語戒、不飲酒戒の五戒がある。23 十戒と重複しているのは、不殺生戒(第5戒 殺してはならない)、不邪淫戒(第6戒 姦淫してはならない)、不偸盗戒(第7戒 盗んではならない)、不妄語戒(第8戒 偽証してはならない)である。仏教、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教など世界の大宗教に共通な戒律は、殺し、姦淫、盗み、嘘の四つを四大悪として禁じていると言うことになる。

 以上の四つは、宗教上の基本戒律であるだけではない。人間に生来の基本的人権があるように、人間には生来の基本的良心がある。これは人間社会が平和に生存するための必要最小限の条件なのであろう。なぜなら殺し、姦淫、盗み、嘘が横行すれば、人間社会の平和は維持できなくなる。加害者が増えれば弱肉強食さながらの世の中になり、人類は破滅する。

 

3.裁きと来世と報いについて

 さて、神と来世から戒律に触れたが、それは相互にどのような関係にあるのだろう。宗教に道徳的規制力があるのは、戒律にともなう勧善懲悪があるからである。神という良心と道徳の立法者が存在し、自由意志をもった人間が造られた。その自由を善用するか悪用するかで、その報いを身に受ける。したがって来世は、神と人間とのあいだの精算の場所である。善にたいしては幸福とか喜びという報いがあり、悪にたいしては不幸と苦しみという報いがある。

 来世の存在の承認に問題が生じるのはこの点にある。神の裁き、良心の精算、人生の総決算などに、どう反応するか。これは来世を認めるか認めないかを決定する重大な要因になる。ただ誤解のないように申し添えたいが、神の裁きといっても、この世の検事や裁判官のように、罪をあばくのが目的ではない。むしろ来世では自分の正体を知るために起こる必然の結果が裁きである。イエスはかつて、「人を裁くな。自分も裁かれる」(マタイ7・1)と言われ、「わたしは世を裁くために来たのでなく、救うために来た」(ヨハネ3・17)、「七倍を七十倍するまで許しなさい」(マタイ18・22)と言われた。キリスト教の神は慈悲そのものであり、愛の神であるが、同時に正義の神でもある。だから悪を善とし、罪を功徳とすることは出来ない。しかし悔い改めに対する許しは絶対的で、十字架上の盗賊にたいするキリストの許しからも察せられる(ルカ23・40-43)。

 

4.キリスト教と日本人

 それでは信教の自由が憲法で保証され、海外からの宣教師を多く受け入れ、各地に福祉・教育事業を普及させ、社会貢献度も高く、文化交流的実績も多く積みながら、現代の日本人はなぜキリスト教を受け入れられないのか。全人口のわずか1パ−セント以下ということは120 人に一人の割合である。それには大体次のような理由を思い浮かべることができる。

1) 16世紀に初めて到来したキリスト教は、270 年にわたる迫害で、明治維新前後には完全消滅に近い状態にまでなった。その歴史の爪痕は、国民の心に深く刻まれ、日本人には合わない外来宗教というレッテルが張られている。

2) 日本人は持ち前のタテマエとホンネの二分主義、「和」礼賛、実利の重視などの価値観、それに風土的な折衷・混淆主義、主情主義、排外主義などは、西欧合理主義によって整理統合されたキリスト教の価値観とうまく噛み合わない。評論家の山本七平氏が「日本教キリスト派」と名付けたように、24 似て非なる改宗が起こったり、小説家の遠藤周作が『沈黙』の中でフェレイラに言わせているように、日本の精神的風土が沼地で、種を蒔き苗を植えてもやがては腐り、実を結ばせないことが指摘されたりしている。25

3) 殺し、姦淫、嘘、盗みが四大悪であれば、人命軽視、不倫、嘘の方便化、盗作など、日常われわれの周囲で見聞する反人道的傾向、および戒律や法の遵守意識が低調であることも、ユダヤ・キリスト教の戒律にたいする反発となる。哲学者の梅原猛氏は、『あの世と日本人』の中で、日本人はクエマラ教徒であって、食うこととセックスが人生の生きがいであるという芥川『河童』を引用している。26 これは極論であるにしても、そのような要素もあろう。

4) 明治の開国以来、欧米先進国に追いつき追い越せで、先端的な科学技術を優先し模倣によってある程度目的を達成したが、それには多くの見落としがあった。欧米の精神的風土の中核にはキリスト教があるが、それを時代遅れの遺物とする近代合理主義者の声を真に受け、底の浅い理解しか出来なかった。科学的合理主義の背後に素朴な実在論があり、その背後には5000年にわたるユダヤ・キリスト教の伝統がある。ニ−チェの超人主義も、超国家主義のナチズム、サルトルの虚無主義的実存哲学も、一過的現象に過ぎず、無神論的共産主義は70年で崩壊した。現在でもロ−マ法王が世界20億の信徒にたいして、強力な発言権をもっている事実を知る必要があろう。

 21世紀の最大課題は精神的健康の回復であろう。正しい国民理念を築くには宗教は欠かせないが、かつての国家神道のようにないためにも、宗教的なアプロ−チより、教育的・学問的アプロ−チを最大限に広げるのはどうか。まずは教育者自身が理想をかかげねばなるまい。かつての米国の駐日大使ライシャワ−博士が記しているように、日本人の倫理的なバックボ−ンには、儒教とキリスト教が存在すると指摘している。27 日本のキリスト教には今日の欧米諸国のような文化的伝統はない。ということは退廃の悪弊もないということになる。だからこそ新しい形のキリスト教は受け入れやすい。第3章ではその新しい形のキリスト教から、来世観を見ていくことにする。

 

第3章

来世観の比較

 この地球には、多種多様の民族が共存し、それに付随するかのように多種多様の宗教が存在する。そして宗教は、民族や個人の生きざまに決定的な影響を及ぼす。宗教という概念には、唯一神だけでなく、多神教や呪術などの風俗的なものまで含ませるとすれば、宗教は「神と人を結ぶもの religio」という古典的定義では足らず、むしろ「超越的なものとの関わりの中で、人が選択し実践する生きざま」と定義づけるほうが、より普遍性があるように思える。

 人間には判断力と自由意志がある以上、人それぞれ自分なりの宗教を選ぶ権利がある。それは職業選択以上に重みのある生路選択であって、一筋の生きる道を選ぶことになる。一本の道を選ぶわけであるから、同時に複数の宗教を選び、それなりに忠実にその宗教を信奉していくことはできない。今ここで仏教とキリスト教を、その来世観の面で比較しようとしているが、ある意味では無謀な試みである。なぜなら宗教が道であるなら、その道を歩く本人にしか理解できない意識、体験、悟りが必ずあるからである。

 人は多くの異性の中から自分の配偶を一人選びとる。そのさい人生の伴侶、道連れとなった相手との交流は、第三者には知られない経験となり、それが月日がたつにつれ蓄積昇華される。これは他者のものとは交換不可能な累積的な体験である。宗教もややそれに似ている。自分が選び取った生きる道を、他者が選び取った生きる道と比較できるだろうか。もし出来るとすれば、自分が踏み固めてきた宗教的体験をもとにして、他者の宗教的教義体系に重ね合わせ、類比的に推察するしかない。

 筆者がキリスト教徒として仏教について述べ得るのはその程度だが、それは仏教徒側からキリスト教との比較を行うさいも、同様のことが言える。以上を前提に、項目ごとに相違点と類似点を列挙してみる。

 

1.輪廻転生: 来世観についての顕著に相違は、輪廻の有無にある。仏教には輪廻があるが、キリスト教にはない。輪廻転生を厳密にとれれば、死後本人は従来の古びた肉体から脱したあと、不可視の本体に帰り、さらに再びある男の精子に変容し、母胎に受精し、出産するという過程を指す。すると六道輪廻の中でこのような胎生過程を経るのは、人間道と畜生道だけである。死後生まれ変わるとすれば、再び人間としてか、動物としてかのいずれかになる。それ以外の天道、修羅道、餓鬼道、地獄道はみな化生であって、死後従来の古びた肉体と同じ実体を変容存続させることになる。死後天道にはいる者は天人として復活し、修羅になれば修羅として復活し、餓鬼は餓鬼として復活し、地獄には地獄者として復活する。かれらはこの自然世界にある人間や動物にはならないし、現世に戻ってこない。つまりあの世で遍歴することになる。28

 したがって、人間と動物の生まれ変わりを除けば、スエデンボルグの著作にある精霊界の遍歴と大差ない。死後人はみな精霊界に入るが、第1段階を終えて、第2段階になると、みずからの本体をあからさまに外面化させる。つまり内部が外面化するわけで、善霊は容姿五体ともに内面にふさわしく美しくなり、悪霊は内部に秘めていた醜悪さを外面に表すようになる。そして前者は天界行きの準備に入り、後者は地獄の方向にみずから進んで行く。29 類は類を呼ぶわけで自然にグル−プ化される。これはこの世でも同じである。それは裁判官が仕分けるのでなく、自らが自らを裁き、自らの運命を決定する。悪霊の中には修羅のように堕落した善人がいるだろうし、餓鬼のように貪欲な者、畜生のように動物的本能で生きる者もおり、悪霊となって地獄に向かって突き進む者もいる。同時に精霊界には、再生浄化を十分果たしていない多くの善霊もいるはずである。かれらはやがて天界に行く準備をこの精霊界で果たさなくてはならない。それが天人と考えられなくもない。だから輪廻転生は、精霊界での変容としてキリスト教的に解釈することも出来る。したがって両者の相違点は、共通点にもなり得る性格をもつ。

2.万物の実体性: 仏教によると、万物は無常であり空である。ゴ−タマ・ブッダも繰り返してこれを説いた。涅槃経にあるが、ブッダ最期の言葉には、「修行者たちよ、あなたがたに告げよう。サンスカ−ラ(事象、有為)は無常である。怠ることなく、修行を完成しなさい」とある。30 キリスト教側の哲学的装備は、アリストテレスを護教的に援用したトマス・アクイナスに由来するが、存在論的な強固さは仏教の無常と対立するように見える。実体はすべて神の無限の存在からの類比 analogia entis で解釈される。存在そのものである創造者が無から創造された被造物は、有であって無ではない。

 キリスト教神学を再解釈するスエデンボルグの神学は、以上の「有」にメスを入れる。「すべての善は神に由来する」、「被造物はそれ自身善でなく善の器である」「人間の生命は、神の生命の器である」、「神以外の善、存在、生命のすべては、見掛け上の善、存在、生命であって、固有のものではない」など。著作の中には繰り返し receptaculum 受け皿という用語が出る。31

 仏教経典の中に見る「空 sunyata」には、やはり器的な発想がある。これは単なる「無」ではない。suには膨張するという意味があり、sunya は空虚、欠如、膨れ上がった内部の意味があるという。32 そうすれば「器」概念とは紙一重である。スエデンボルグによると、万物は見掛け上の善、存在、実体、生命であるが、本体は単なる器に過ぎない。器は単なる無でもないし有でもない。この点では仏教とキリスト教の存在論には違いが認めにくいのではないか。

 

3.死後の霊肉は一体か分離か: 原始仏教では霊肉の分離も霊魂の不滅もないという。死後の肉体が朽ちれば万事終わりかというと、そうではなく輪廻がある。ただ有であるとしても、それが肉体のない浮遊霊のようなものではない。キリスト教側の解釈でもスエデンボルグによると、人は死によって古びた肉体を脱して裸になっても、丸裸ではないという。自然的肉体は失せるが、霊的・実体的体を身に着けている。現世の肉体が物質的であるのにたいし、来世での体は、非物質的な霊特有の体である。33

それは時間や空間によって限定されない

が、それでいてある種の時空的な表現をもって現れる。

 それでは霊肉の分離を意識するのはなぜか。西欧の哲学では、プラトンの『パイドン』を始め、アリストテレスの形相と質料の関係から、霊肉二元論の伝統が根強く残っている。肉体が滅びたあとの「霊魂不滅」もそこからくる。34 人の「霊」が肉体にたいして形相であることは、霊みずからがその体を形成する形成力をもっていることで、死後の人間にも体が存在する根拠になる。質料のない形相が存在しないように、体のない霊は存在しない。

 臨死体験の中で、体外離脱と自己視体験をした人が、みずからベットに横たわる過去の肉体を見ながら、すでに手足が備わっている自分を意識しているという。35

元来は霊と体は一元的なもので、分離不

可能であるが、現世では朽ちる肉体を身につけているため、二元的なものとして意識するのではないだろうか。スエデンボルグによると、仏教的一元論に近い理解が可能になる。

4.現世と来世の断絶と連続: 仏教では、現世で人や動物が生まれ死ぬまでの期間を「本有」といい、死後次の世界に生まれ変わるか変容するまでの期間を「中有」または「中陰 Bardo」という。生命は消失することなく永久に存続し、本有と中有とを繰り返す。ただ死んでからすぐは、宙ぶらりんの中有状態で、十人の王によって裁かれる。チベット死者の書にある「Bardo Toedol」は、その中有の状態にある死者を無事に案内するための祈りが記されている。36 そこには断絶はないし無化消失もない。ただその中有状態では、死者は「食香」と言われるように、物質的な肉体は存在しないが、香を食べて生きる細微な姿を身に帯びているらしい。37

 それにたいしキリスト教では、最古の信仰告白「使徒信条」には、「イエス・キリストは・・・死して葬られ、古聖所にくだりて三日目に死者の中よりよみがえり」とある。キリストは十字架上で息絶えたのち、その霊魂は古聖所にくだって、義人たちにあがないを告げ、三日目に復活した。ここでいう古聖所とは、旧約時代の善人たちが待機していた死者の国のことであるが、それ以外にもリンボ limbus という言葉が使われる。limbus  とは「周辺」という意味で、天国に入れないまま待機させられている周辺地のことで、洗礼を受けないまま死に、天国にはいれない幼児たちの霊魂の駐在地のような意味もある。仏教で審判を受けるための宙ぶらりんの状態が中有であるなら、キリストのあがないの功徳の恩恵に浴せないで、天国に行かれない魂の駐在地がリンボということになる。38 ただスエデンボルグによると、死後肉体から脱すると同時に霊体を身に帯びるため、落ち着く場所のない宙に浮いた死者の霊魂は存在しないことになる。

 

5.賞罰の永遠性: 仏教の極楽浄土もキリスト教の天国も、永遠という点では同じである。しかし永遠とは何かという問いには仏教は応えない。0という数を発見したインド人は、形而上的抽象思考に優れた民族であったが、39 時空の制約を超える創造神に至らなかったためか、無限、永遠、遍在などの概念が不足している。キリスト教ではアリストテレスの力を借りて、時間空間の概念を規定し、それを超越する絶対存在を神とする。だから永遠というと無限の時間ではなく、時間を超越する、つまりは無時間になる。それにたいし、仏教の最深「阿鼻地獄」は「一中劫」続く。これは「一小劫」の20倍である。「一小劫」は、10歳から80、000歳までの間、100年毎に1歳ずつ年をとり1往復することであるから、20小劫は3億2千万年になる。これは最浅の等活地獄の1兆6億2千万年よりは短いが、40 このような矛盾をはらみながらも、地獄の期間や天人たちの天界滞在期間を数的に表そうとしたことは注目に値する。それは六道輪廻の世界にあっては、時空の制約からは永遠に解放されないことを意味する。ところが厳密な意味での「永遠」は、無限定に時間を引き伸ばすことでなく、時間を超越することにある。だからこそ極楽浄土も天国も等しく永遠であることは、偶然の一致ではすまされず、至福の完全性をほのめかすことではなかろうか。

 

6.救いの条件: 仏教の場合、苦しみからの救いはあるが、涅槃を救いとは言わない。また三宝(仏陀・理法・僧侶)に帰依して解脱を助ける。41 解脱は「聖四諦」にもある苦しみからの救いであるが、キリスト教は罪からの救いがあり、その結果の天国がある。原始仏教の流れをくむ上座仏教では、修行は何よりも大切な救いの条件で、読経や祈祷、善行や布施なども救いを助ける。さらに日本の浄土真宗では、「即身成仏」というほど、仏への信を浄土への往生に結び付ける。それに対照的なのは、カトリックの修道院で完徳への修行が残っているのにたいし、プロテスタントには修道という言葉さえないことである。救いは全面的にキリストのあがないのみ業を信じることに依存し、「信即救」的解釈が強くなる。

 キリスト教でもスエデンボルグによる新教会の解釈はまた違っている。まず救いとは、天界に行き着くことに限定される。それ以前の準備段階は、すべて自己改革であり再生過程となる。カトリックやプロテスタントと違って、キリストによるあがないの功徳を人間に転嫁させない。42 十字架の血潮によって受動的に罪が洗い清められるとは考えず、一人一人の信仰者が悔い改め、悪を罪として避け、善を行い、さらにキリストの神人性を通して与えられる善と真理を受け入れ、天界からの流入を受ける器に化した時、初めて天界に行く資格が生まれる。罪の赦しは、教会の秘跡や祈祷や善行の転嫁によって自動的に与えられるものではなく、みずから罪から離れ、罪の傾向と戦い、罪をおかさなくなることが、罪の赦しである。43

 

 人は死んだらどうなるか。これほど古く新しい問題はないし、これほど切実重大な問題はない。われわれの周囲にはかつてこの世に生を受け、何十年かを過ごしたあと、われわれの眼前からふっと姿を消した人が無数にいる。それだけでなく、このような経過を経て、死後世界に吸収されていくのは、あの人こと人だけでなく、地球人類60億の運命であり、永遠に続くであろう全人類新世代の運命である。このような宿命的な〈いのち〉の終焉問題は、他の問題には比較にならないほど小さい。

 人類史に登場した宗教的先覚者の中で、キリスト教と仏教の創立者ともいわれるイエス・キリストとゴ−ダマ・ブッダは、死後2千年を経過したあとも、なお光彩を放ち、哲人、賢人、偉人を輩出させ、組織・団体を運営するインスピレ−ションを与え、無数の大衆を教化し続けてきている。本稿でわれわれは、両者の教えを概括的に比較し、さらに両者を統合できるような道についても模索してきた。

 やがてはみずからが経験する死について、あらかじめの反省と吟味とを加えて比較対照したが、両宗教が全面的に肯定し、われわれみずからの良識と理性が承認する一筋の道がある。それは「悪を避け、善を行うのが人の道である」という一点にある。44

来世が存在するかどうかは、それに比較

すると重要度が落ちる。なぜなら来世があるかないかにかかわらず、わたしが人であり、人は人として正しい道を歩まねばならないことは、人の心に生来刻み付けられた永遠の真理だからである。これを鋭く指摘したのはゴ−ダマ・ブッダであった。形而上学的な問題の重要性は、毎日に修行に比較すると大したことではないという意味で、かの「毒矢の例え」がある。

 それに比較して考えてみると、弱さを担った人間とその求める幸福を、もっと総括的にとらえなおすには、キリストの「幸いである」の教えがより圧倒的に迫ってくる。だからキリストの教えは、「福音 euangelion 」(幸いの訪れ)なのである(マタイ5・3-10)。

 悟りにはいったゴ−タマ・ブッダにとって、形而上学よりも日々の修行によって、さらなる智慧の世界にはいり、涅槃にはいることが、何よりも望ましいことであった。ブッダがこの世を去る直前にさえ、かれは「あの世に行く」とか、「あの世で待っている」とか、「あの世から迎えに来た」などいっさい口にしない。むしろ「自分の体はボロになった」「あの森は美しい」「ああ疲れた。水が飲みたい」など、ごく普通の老人のような発言が洩れてくる。45 これはなすべきことを果たしたあと、安楽と休息を求め、あとは極楽浄土で楽しみたいという意図さえ伺えない。むしろ戦い疲れながらも、なお戦意の衰えない老兵士が、戦場をトボトボ歩く姿を彷彿とさせる。ゴ−タマ・ブッダにとって、現在という今の修行に比べれば、過去も未来もさほど重要でないのではないか。

 イエス・キリストは処刑されるとき、まだ33歳の若さであった。自分の弟子のユダに裏切られて、銀貨30枚で敵に渡されたときも、「ユダ、あなたは接吻でもって、人の子を売るのか」と言っただけであった。十字架にかけられながら、泣き言や呪いや自分の無罪を主張することはいっさいなかった。自分を磔刑にする者たちの罪の赦しを祈り、両側に釘付けにされていた盗賊の真ん中で、三時間の宙づりの苦しみを味わい、自分の罪業を認めた善良な盗賊には楽園を約束した。キリストには、周囲の人間の救いや幸福に比較すると、自分自身の苦しみは大したことではなかった。それほど敵をすら愛する精神が、圧倒的に光彩を放っていた。

 ブッダは45年の長きにわたって徒歩伝道を行い、ガンジス側のほとりから山地や平地を経めぐって人々の教化につとめた。かれがどれほど偉大な人物であったかは、弟子たちがブッダの亡き後、長年の教えをまとめ、それが莫大な量の文書に化したことからも伺える。原始仏典は南方にもちこまれてパ−リ語聖典となり、大乗経典は中国から朝鮮、日本に、漢訳としてもちこまれ、膨大な人口の東アジアに影響を与えた。

 イエス・キリストの教えは、最初の300 年の迫害にめげず、4世紀には公認されてロ−マ帝国の国教となり、その後多くの宣教師を通してヨーロッパ全土に広まった。その中でも初期のキリスト教圏で修道院運動が盛り上がったことは、キリスト教発展の大きなテコになった。そこで学問の伝統が守られただけでなく、労働、祈祷、断食、物乞いなど、初期の仏教に共通する修行の精神が、キリスト教の浄化と純化に貢献したことは言うまでもない。

 仏教にしろキリスト教にしろ、人間の生きざまに直接影響を与えるという点で、本人にとって良き死の準備になることは疑えない。人に死後の〈いのち〉があるか、ないか、あればどのようなものか、輪廻はあるかないか、天国や地獄は存在するかしないか、この世での業績で死後審判を受けるかどうか、やがて死を迎えるわたしは、死後の世界で幸福になれるかどうか、このような設問を、人はかならず一度は心に描くものである。しかし死期が迫ってから考え始めるのではもう遅い。なぜなら死の意味は、生を充全に生きなければ、分からないものだからである。

 さらにそれ以上に大切な設問があるのに気づかねばならない。もし死後の問題が解決されたら、その後どう生きるかという設問である。死後の問題が解決されたら送るであろう生活を、今から送り始める。これが何よりも大切なのではないだろうか。

 

1.朝日新聞の朝刊で見たが、いつ頃か記憶にない。ただ中国に現在1千万人のクリスチャンがいても、十億の人口からすると1%に過ぎず、比率からいうと日本と大差ない。

2.D.B.バレット、『世界キリスト教百科事典』、教文舘、1989、14-5。

3.前田専学、『ブッダを語る』、日本放送出版協会、1996年、35。

4.前田、『ブッダを語る』、370-371 。

5.中村元訳、『ブッダの真理のことば、感興のことば』、岩波書店、1997、48。

6.前田、『ブッダを語る』、194-196。

7.前田、『ブッダを語る』、88。

8.安田治樹/大村次郎、『図説ブッダ』、河出書房新社、1996、24。 前田、『ブッダを語る』、98。

9.高橋直道監、『NHKスペシャル−ブッダ 大いなる旅路1』、日本放送出版協会、1998、119-122 。

10. 前田、『ブッダを語る』、191-193。

11. 長尾雅人編、『バラモン教典 原始仏典−世界の名著1』、中央公論社、1987、473-478 。前田、『ブッダを語る』、214-218、中部経典428-429 。

12. ひろさちや、『仏教の世界観 地獄と極楽』、184-。石井米雄監、『NHKスペシャル−ブッダ 大いなる旅路2』、日本放送出版協会、1998、77。

13. 中村元、『ブッダ入門』、春秋社、1999、181。

14. 山折哲雄、『地獄と浄土』、春秋社、1993、107-124 。

15. 前田、『ブッダを語る』、341-342。

16. ひろさちや、『仏教の世界観 地獄と極楽』、299-。

17. 田上太秀、『ブッダ臨終の説法−完訳大般涅槃経−1』、大蔵出版、1998、38。

18. 前田、『ブッダを語る』、353。

19. 波多野精一/宮本和吉訳、『カント 実践理性批判』、岩波書店、1973。174-189。

20. ドミニコ会研究所、『カトリックの教え』、ドン・ボスコ社、1994、19-20。

21. 前田、『ブッダを語る』、304。

22. 出所は不明だが、ある国際比較辞典を参照した覚えがある。

23. 前田、『ブッダを語る』、281。

24. イザヤ・ベンダサン、『日本人とユダヤ人』、山本書店、1982、89。

25. 遠藤周作、『沈黙』、新潮文庫、1992、193。

26. 梅原猛、『あの世と日本人』、NHK出版、1996、12。

27. E.O.ライシャワ−、国弘正男訳、『ザ・ジャパニ−ズ』、文芸春秋、1989、229。

28. ひろさちや、『仏教の世界観 地獄と極楽』、20-23。

29. E.スエデンボルグ/長島達也訳、『天界と地獄 ラテン語原典訳』、アルカナ出版、1994、426。

30. 前田、『ブッダを語る』、360 。 羽矢辰夫、『ゴ−タマ・ブッダ』、春秋社、1999、214-215。

31. 例えば、E.スエデンボルグ/長島達也訳、『結婚愛 ラテン語原典訳』、アルカナ出版、1994、240 を参照。

32. 中村元他、『岩波仏教辞典』、岩波書店、1993、196。

33. スエデンボルグ、『天界と地獄』、397-398。

34. 田中美知太郎/池田美恵訳、『ソクラテスの弁明・クリト−ン・パイド−ン』、新潮文庫、1974、156-223。

35. レイモンド・A.ムーディ・Jr、/中山義之訳、『かいまみた死後の世界』、評論社、1979、63。

36. 河邑厚徳、林由香里、『NHKスペシャル チベット死者の書』、日本放送出版協会、1993年、68-86。

37. ひろさちや、『仏教の世界観 地獄と極楽』、43

38. 日本基督教協議会、『キリスト教大辞典』、教文舘、1968、1140。

39. 中村元他、『岩波仏教辞典』、岩波書店、1993、196 。

40. ひろさちや、『仏教の世界観 地獄と極楽』、113-115

41. 中村元、『ブッダ入門』、春秋社、1999、168。

42. E.スエデンボルグ/長島達也訳、『真のキリスト教下 ラテン語原典訳』、アルカナ出版、1997、413。

43. スエデンボルグ、『真のキリスト教 下』、273 。 E.スエデンボルグ/長島達也訳、『神の摂理 ラテン語原典訳』、アルカナ出版、1994、425。

44. 中村元訳、『ブッダの真理のことば、感興のことば』、36、ダンマパダ183。

45. 前田、『ブッダを語る』、340, 343, 352-3, 356。

 

参考図書

 バレット,D.B.、『世界キリスト教百科事典』、教文舘、1989。

 ベンダサン,イザヤ、『日本人とユダヤ人』、山本書店、1982。

 ドミニコ会研究所、『カトリックの教え』、ドン・ボスコ社、1994。

 遠藤周作、『沈黙』、新潮文庫、1992。

 波多野精一/宮本和吉訳、『カント 実践理性批判』、岩波書店、1973。

 羽矢辰夫、『ゴ−タマ・ブッダ』、春秋社、1999。

 ひろさちや、『仏教の世界観 地獄と極楽』、すずき出版、1995。

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 河邑厚徳、林由香里、『NHKスペシャル チベット死者の書』、日本放送出版協会、1993年。

 前田専学、『ブッダを語る』、日本放送出版協会、1996年。

 ムーディ・Jr、レイモンド・A./中山義之訳、『かいまみた死後の世界』、評論社、1979。

 長尾雅人編、『バラモン教典 原始仏典−世界の名著1』、中央公論社、1987。

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 スエデンボルグ,E./長島達也訳、『天界と地獄 ラテン語原典訳』、アルカナ出版、1994

 スエデンボルグ,E./長島達也訳、『真のキリスト教 下 ラテン語原典訳』、アルカナ出版、1997。

スエデンボルグ,E./長島達也訳、『神の摂理 ラテン語原典訳』、アルカナ出版、1994。

 スエデンボルグ,E./長島達也訳、『結婚愛 ラテン語原典訳』、アルカナ出版、1994。

 梅原猛、『あの世と日本人』、NHK出版、1996。

 山折哲雄、『地獄と浄土』、春秋社、1993。 安田治樹/大村次郎、『図説ブッダ』、河出書房新社、1996。